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空の宇珠 海の渦 外伝 - 黒い波 - その二





日が沈もうとしている。

 


海とは反対側の山に、太陽が消えていく。



夕焼けが海を赤く染めている。



その日は長潮であった。

 


夜半まで潮が少しずつ満ち続ける。

 


真魚たちは岩場の上から様子を伺っていた。

 


位置的には少し高い。

 


浜全体が見渡せる。

 



「真魚、何が起こるのだ?」

 


嵐が待ちきれず聞いた。

 


「俺にもわからん…」

 


真魚はあっさり答える。

 


「何とかが餌だと、さっきは言っておったではないか!」

 


「わかるのはそれぐらいだ…」

 


真魚がきっぱりという。

 



「それでどうにかなるのか?」

 


嵐は、真魚の落ち着いた態度に苛立っている。

 


「焦る必要は無い…」

 


真魚の態度は変わらない。




挿絵(By みてみん)




太陽が消えた。

 


その瞬間、波の色が変わった。

 



鮮やかな赤から黒に。

 


血の色が変わるように、海が変貌した。

 



まだ明るいはずの空が闇に変わった。

 


「来るぞ!」

 


子犬の嵐が立ち上がる。

 


真魚は、片膝を立てて座っている。

 


棒を岩の上に立てている。

 


しばらくすると、波が所々瘤のようにふくらんだ。

 


それが水面の上まで出た瞬間、水が流れ落ちた。

 


中から人が現れた。

 


水面に立っている。

 


それらが浜に近づいてくる。



浜で悲しむ者達が手を広げる。

 


泣いている。

 


その者に手を広げている。

 


だが、それ以上近寄っては来ない。

 


悲しむ者は立ち上がろうとするが、立ち上がれない。

 


見えない力に縛られている。



黒い波が足に絡みついている。

 


悲しみの波動が生まれては消えていく。

 


その波動を、黒い波が飲み込んでいる。

 


「海の中に何かがいる…」

 

嵐には見えている。

 


「卑劣な奴め…」

 



『感情に流されるな!取り込まれるぞ!』



『奴らの目的は生命(エネルギー)だ』

 


美しい声が真魚を窘める。

 



真魚が光の輪を発動させる。

 


真魚の身体が輝く。

 


真魚は懐から紙を出した。

 


数十枚ある。

 


(ふだ)の様だ。

 


だが何も書かれていない。

 


七つの輪が真魚の周りを回っている。

 


その回転が上がるに連れ光が増す。

 


真魚は手刀印でその紙に何かを書いた。

 


「嵐、済まぬが海に立っている者に貼ってくれ」

 


「全部か?」

 


「そうだ」

 


それを聞き終わった時に、嵐は本来の姿に戻り飛んでいた。

 


光の線が闇に描かれる。

 


残念なことに美しいその光は、一瞬しか見られなかった。

 


「終わったぞ!」

 


嵐が戻る前に、真魚が次の行動に移っていた。

 


その手には五鈷鈴が握られていた。

 


真魚が五鈷鈴(ごこりん)を鳴らす。

 



ちりぃーーーーん

 


ちりぃーーーーん

 


鈴の音が、波の音と交わる。

 


その音が広がっていく。

 


ちりぃーーーーん

 

ちりぃーーーーん



美しい。

 


波の音が趣を乗せる。



真魚が生命(エネルギー)を開放した。




五鈷鈴が作り出した音の織物。



その上を伝わり広がっていく。


 

変化が起きた。



その波動に触れたものが揺らめく。

 


そして、水となって海に消えた。

 


それが一斉に起こった。



光の粒が、蛍のように飛んでいる。



母に駆け寄る子供のように…



それが悲しむ人々に向かう。

 

 

悲しむ人々は広げた手を胸に抱いた。



光の粒を抱きしめた。

 


皆、泣いていた。

 


だがその涙は悲しみではない。

 


喜びで満ちている。

 


抱きしめたまま動かない。

 


だが泣いている。

 


肩が震えている。

 


その想いが溢れている。

 


その愛しさが切なく苦しい。

 


気がつくと光が降っていた。

 


雪の様に舞い降りる光に、全てが包まれた。

 



悲しむ人はそこにはいなかった。

 


別れはいずれ訪れる。

 


全てを受け入れた微笑みがそこに存在していた。

 


手を広げた。

 


光の粒が天に舞い上がって行った。

 


 




次の朝、浜は何事もなかった様に人々が働いていた。

 


笑顔が戻っている。

 


昨日の夜の出来事が、なかったかのようであった。

 


「忘れているのか?」

 

嵐は不思議であった。

 


「どちらでも良い…」

 

真魚は言った。

 


「それも、そうだ!」

 

子犬の嵐が納得している。

 



少し歩いて行くとあの老婆がいた。

 


同じように波打ち際に座っていた。

 


波に話しかけている様であった。

 


笑っていた。

 


「なぁ、真魚よ」

 


「なんだ」

 


「あの紙に何と書いたのだ」

 


「書いた訳ではない、言霊を込めた…」

 


真魚は嵐の問いにそう答えた。

 


「何と…?」

 


「聞きたいのか?」

 


真魚はそう言って崖の上を見た。

 


ひゃひゃひゃひゃ

 


馬鹿笑いが聞こえた。

 


「そんなことを気にするとは、お主も変わったのう」



崖の上から後鬼が飛んできた。

 


「また、今頃のこのこ来おってからに…」



嵐は受け入れていない。

 


「でも、儂もちょっと気になるなぁ」

 


前鬼が飛んできた。

 


真魚は笑っている。

 


「で、本当のところはどうなのじゃ?」

 


嵐は聞きたくてたまらない。

 


「お主ならどうする?」

 


「お、俺か?」

 

真魚の問いに嵐は戸惑った。

 


「お主には全てが見えていたであろう…」

 


「あれが人の目が作り出した幻想であることも…」

 


真魚にしては行き届いた説明だ。

 


「幻想に惑わされ、悲しみを食われたのだ…」

 


真魚が答えを言った。

 


「そういうことか…」

 


前鬼が気づいた。

 


「愛しさが、悲しみを生む…」

 


後鬼はその切なさがわかる。



嵐は悩んでいる。

 


全てが見えていたはずだ。

 


「幻想を見せて、悲しみを奪い…」

 


「幻想が消え、全てが終わった」

 


幻想が消えたとしても、悲しみが消えることはない。

 


更に喪失が追い打ちをかけるだけだ。

 


満たされなければならない。

 


「穴を塞がなくては、悲しみが消えることはない…」

 


真魚がそう答えた。

 


「なるほど…」

 


嵐はやっと気づいた。

 


その光は悲しむ者の胸に還って行った。

 


光で満たされたのだ。

 


そして、光と話す事が出来たのだ。

 


「死を受け入れたのか…」

 


前鬼が言った。



「人にとっては辛いことだ…」

 


「だが、気づいたのかも知れぬ…」

 


後鬼はそう感じた。

 


「それすらも、幻想かも知れぬ…」

 


真魚がそう言った。



波打ち際を蟹が歩いている。

 


次の波でその蟹が消えた。

 


だが、その次の波でまた蟹が現れた。

 


同じ蟹であるのかは誰にもわからない。

 


幻想の中に人は生きている。 

 


「愛しき者に還れ…」



「どどまってはいけない…」

 

 

その真魚の言葉は、波の中へと消えていった。





挿絵(By みてみん)



- 黒い波 完 -






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