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空の宇珠 海の渦 外伝  - 魍魎の唄 - その二





「ほう」

 

真魚はその男を見た。

 


そして、その男に声をかけた。

 


「これは、どういうことなのだ…」

 



「あんた!これが見えなさるのか!」

 


その男は驚いていた。



「そういうお主も、見えているではないか…」 



真魚はその男にそう答えた。



「そうだ、この唄も、声も聞こえている…」 



男はそう答えた。




挿絵(By みてみん)




「話を聞かせてもらってもよいか?」

 


真魚は、その男の家の軒下を借りて雨宿りをした。

 


その男が話し始めた。

 



「あれは昨年の夏のことです」

 


「雨が降らず、田畑は枯れ、飲み水にさえ困るほどでした」

 


「私は飲み水を取りに山奥の泉に行きました…」



「泉の水はかろうじて無事で、ありったけの竹筒に水を入れ、山を下りました」



「村に帰ると…」


 

そこまで言うと、男は涙を堪えきれなくなった。

 


涙を流しながら話し出した。

 



「山賊が村を襲い、村の者がほとんど殺されていたのです…」

 


「女子供老人、生き残った者はほとんどいませんでした…」

 


「私の妻も子供も…」

 


男は声を詰まらせた。




心の傷は深い。




愛情が大きければ大きいほど、その傷は深くなる。




喪失感が追い打ちをかける。

 



「さっきの子供がそうか?」

 


真魚は男に聞いた。

 



「そうです、私の子供です」

 


男は泣きながらそう言った。

 


「ずっとなのか?」

 


真魚が、男にそう言う聞き方をした。

 


「そうです、雨が降ると必ず…」



男は降り続く雨を見てそう言った。



「雨水では、乾きは癒やせぬな…」

 


真魚がそうつぶやいた。

   


「泣いていたな…雨をみて…」

 


真魚は、男の心の内を感じていた。

 



「初めは…会えてうれしかったのです…」

 


「雨が降ると千代に会える…



「そう思うと、雨が待ち遠しかった…」

 


「しかし、最近はなんだか、不憫に思うのです…」

 


「千代が…」

 


男は言葉に詰まった。

 




「残された想いとは、そう言うものだ…」



真魚がそう言った。

 



「過去の記憶は変わらない」

 


「だが、人は変わっていく…」

 


「良くも悪くもだ…」

 


真魚はそう付け加えた。

 


「お主の時が止まったままでは、千代も喜ぶまい…」

 


真魚は、その男の心の内を見透かしている。

 


「俺がその思いを繋ぐ…」

 


真魚が男にそう言った。

 



「そんなことが出来るのですか!」

 


男の心に一瞬光が灯った。

 


「もう良いのか?」

 


真魚はそれだけ言った。

 


「はい…」

 


男は涙を浮かべてそう答えた。


 


雨が止んでいた。

 


春の陽差しが全てを包んでいる。

 


男を連れて村の奥に向かった。

 


両側に山が迫っている。

 


そこに岩があった。

 


真魚は岩の前の地面に、棒を立てた。

 


手刀印を組み呪を唱えた。



光の輪を発動させる。 



一瞬、大気が動いた。

 


男はそう感じた。

 


真魚の身体が輝き始めた。

 


棒が真っ赤に光る。



真魚は持っていた棒を地面に打ち込んだ。

 


その地面も固い岩だ。



棒は音も無く、拳一つ分ほど沈んだ。

 


真魚の身体が、更に輝きを増す。

 


それと同時に大地が揺れた。



岩が割れた。



棒の太さと同じ幅に、岩が割れのだ。

 



気がつくと光の粒が降っている。



雪の様に光の粒が舞い降りている。



「なんと…美しい…」



男はその光景に見とれていた。



 

真魚は棒を抜いた。

 


ごっごごごっごっ…

 


音がした。

 


ごぼっごぼっ…

 


次の瞬間、その岩の割れ目から水が噴き出した。

 



「なんと美しい水じゃ!」

 


男は泣いていた。



気がつくと周りに沢山の村人がいた。

 


『水じゃ!水じゃ!』

 


『この水は飲めるぞ!』



『水じゃ!水じゃ!』



『飲もう!飲もう!』

 


そう言うと手で掬って飲んだ。

 


『うまい!これはうまい!』

 


皆笑っていた。

 


『おっとう、水だ』

 


『この水は飲めるよ!』

 


『一緒に飲もう!』

 


千代が、その男に言った。

 


男は千代と一緒に、湧きだした水を飲んだ。

 


「うまい!」

 


おいしかった。



全てが満たされた。

 


心の渇きまでも、癒やされていく。

 


こんなにおいしいと感じた事はなかった。

 


感動の波動が伝わっていく。

 


『おいしいね!おっとう、おいしいね!』 



男の波動が千代と共鳴している。



千代は笑っていた。



男は思わず千代を抱きしめた。



人ではない千代を、抱きしめた。

 


涙が止まらなかった。

 


『ありがとう』

 


そう聞こえたような気がした。



「ありがとうな、千代…」



男の思いも、同じであった。



その時…



腕の中にいる千代の姿はもうなかった。

 


「乾いていたのだ…」

 


「心も、身体も…」



光の粒が、天に向かって舞い上がっていった。



真魚は目を瞑ってその声を聞いていた。

 






「お主も物好きじゃのう…」

 


雨は止んでいた。

 


嵐はそう言って、真魚をからかった。

 



「水があれば村も蘇る…」

 


真魚はそう言った。

 


「あのままでは哀しいだけだ…

 


真魚は空を見て言った。



『ふふっ』

 


美しい笑い声が聞こえたような気がした。

 


「あの男もこれで前に踏み出せるな…」

 


嵐が言った。

 


「過去に縛られるのは、哀しいことだ…」

 


真魚が言った。

 


「人は未来を創造できる」

 


「良くも、悪くもだ…」

 


真魚はそう言って木の上を見た。

 


ひゃひゃひゃひゃ!

 


馬鹿笑いが聞こえる。

 


「奴らも懲りんな…」

 

嵐が言った。



「また、後鬼の勝ちだ…」



真魚が言った。

 


気がつくと道が乾いていた。

 


「あの雨は、あの男の涙だったのかも知れぬ…」

 


真魚はそう言って空を見上げた。




挿絵(By みてみん)




魍魎の唄 完




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