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空の宇珠 海の渦 第四話 その五






真魚は一人で歩いていた。

 

 

嵐の話を聞いて、確かめておきたい事ができたのだ。




嵐は二、三日は動くことが出来まい。



嵐のことは前鬼達に任せておいた。

 

 

 

嵐を殺さなかったのは、本来の姿である嵐が必要であったからだ。

 

 

嵐の封印が、真魚だけが解ける事に気づいている。

 



異国風の男。

 

 

前鬼達はそういう表現をした。

 


異国。

 

 

その言葉が気になっていた。

 

 

『百済か…』 



真魚の脳裏に一人の女の姿が浮かんでいた。



当時、倭の国は百済との交流が盛んであり、百済から多くの民を受け入れてきた。

 


当時の国境という概念は現在の様にはっきりと決まったものではなかったはずだ。

 


現在の感覚なら本州から四国にに行くようなものだったと考えられる。

 


ただし、命がけであったはずだ。

 


受け入れると言う表現よりは、やってきたと言う方が正しいのかも知れない。

 


その百済の人々がもたらした習慣や文化、

  

 

技術がその時代に大きな影響を与えたことは言うまでも無い。

 

 

その証拠に百済の王族は倭の国で貴族として生活することを許されていた。

 

 

大仏建立の際、陸奥国から多くの金をもたらしたのも百済の民であった。

 

 

だが、百済の人々はおのおのが自由な土地で暮らすことは許されていなかった。

 

 

決められた地域に押し込められ、生活を営んでいた。

 

 

現代でも百済という地名があちらこちらに残っている。

 

 

それは、この国で百済の人々が暮らした証なのだろう。


  


 

真魚は寺の境内にいた。

 

 

その寺は百済の民が住む町に存在する。

 

 

太陽が真南に来ていた。

 

 

それほど大きくない規模ではあるが、しっかりした伽藍が存在した。


 

三重の塔の他にお堂が見える。

 

 

その塔の前に一人の人影が見えた。

 

 

女だ。

 

 

その女に真魚は見覚えがあった。

 

 

 

『気をつけろ…』

 

 

その美しい声は真魚の心にだけ響く。

 

 

 

「分かっている…」


 

真魚は小さく独り言を言った。




挿絵(By みてみん)




 

 

その女が真魚の存在に気づいた。

 

 

人気の無い寺の境内である。

 

 

人が来れば直ぐに分かる。

 

 

真魚は女に近づいて行った。

 

 

女も身体を真魚に向けていた。

 

 

敵意はない。

 

 

むしろ好意とも取れる波動が伝わってくる。

 

 

真魚の方から近づいて行った。

 

 

女は笑みを浮かべ、先に話しかけてきた。

 

 

 

「この前、道ですれ違った方ですね…」

 

 

女は話す仕草にも気品があった。

 

 

 

「覚えていましたか…」

 

 

何気なく答える。

 

 

 

「貴方のような方が、どうしてこのような所に…」

 

 

女は真魚の行動を知りたいらしい。

 

 

 

「この百済の町に用があったものでね」

 

 

真魚の話はうそではなかった。

 

 

 

「この町に腕のいい職人がいるので、会いに来たのです」

 

 

真魚は事実を述べた。

 

 

 

「職人と言うと鉄貫さんでしょうか?」

 

 

女は職人の名前を言った。

 

 

 

「そうです、俺は親父と呼んでますがね」

 

 

真魚はそう言った。

 

 

女の言葉が本当だとすれば女はこの町に住んでいる。

 

 

真魚が百済の女と感じたのは間違いではなかった。

 


 

「しかし、どうしてあのような場所に…」

 

 

真魚は女に疑問を投げかけた。

 


 

「弟に会いに葛城に…」

 

 

女はそう答えた。

 


 

「葛城に、おひとりで?」

 

 

真魚は不思議に感じていた。

 


 

「ええ、途中まで弟が送ってくれたものですから…」

 

 

女は一人ではなかった事実を言った。



 

「なるほど、そういう事でしたか」

 

 

真魚はその言葉に何かを感じたようだ。

 


 

「なにか…」

 

 

女が不安そうな顔を見せた。

 


 

『なるほど…』


女が言ったその言葉が引っかかる。 

 

 

「私は葉月(はづき)と言います」


 

「失礼ですがあなた様のお名前は…」

 

 

女の不安は消えてはいない。

 


 

「俺は、佐伯真魚だ」

 

 

真魚は相変わらず素っ気ない。

 


 

「佐伯…真魚…」

 

 

女は真魚の名前に覚えがあるらしい。

 

 

 

「俺を知っているのか?」

 

 

真魚は単刀直入に聞いた。

 

 

「あっ、いえ何処かで聞いたような気がしただけです」

 


真魚の名前を聞いて、女は戸惑っていた。

 

 


「この寺にはどういう用件で…?」

 

 

真魚は女に尋ねた。

 


 

「あっ、いえ、あの、ちょっと願い事を…」

 

 

女の頬が心なしか色づいた様に感じた。

 


 

「願い事?」

 

 

真魚はその意味を探る。

 


 

「いえ、もう叶いましたから…いいんです」

 

 

女が言った。

 


 

「貴方に…もう一度お会いしたかったのです…」

 

 

女が真魚の瞳を見つめた。

 


 

「お、俺に…」

 

 

真魚は女の大胆さに慌てた。 



 

「一目見てわかった…」

 

 

「私を救える唯一の人だと」

 

 

女は真剣だった。

 

 

今度は、真魚がその言葉に戸惑っていた。





挿絵(By みてみん)






 

嵐の回復は順調であった。

 

 

元々依り代である子犬の傷である。

 

 

もちろん依り代が死ねば嵐も消える。

 

 

だが、嵐のおかげでこの子犬も生かされている。

 


 

嵐が死ねば子犬も死ぬのだ。

 

 

だが、子犬の魂は嵐に支配されたままだ。

 


 

「あんたって本当に面白いわ!」

 

 

壱与が嵐を繁々と見つめて言う。 

 


 

「俺のどこが面白いのだ!」

 

 

嵐はおもちゃにされているようで気にくわない。

 


 

「封印よ、封印!」

 

 

壱与は嵐に顔を近づける。

 

 

 

「俺の封印?」

 

 

こんな事が分かる壱与に、嵐は不気味ささえ覚える。

 


 

「真魚はどうやってこの封印を解くのかなぁ?」

 

 

そう言うと壱与は更に嵐を見つめる。

 

 

こうなったら、まな板の鯉と同じである。

 


 

「そういえば、あいつも気づいてたな…」

 

 

前鬼がつぶやく。

 



「あの男か…」

 

 

嵐は敵意を隠しきれない。

 


 

「治ったら見せてね子犬ちゃん」

 

 

壱与にかかれば神といえど形無しだ。

 


「犬では無い!」


 

「俺は神だ!」

 


嵐は壱与に念を押した。

 



挿絵(By みてみん)




 

「わかってるわよ!」



「だから追いかけて山に行って、怪我までしたのよ。」

 

 

壱与は何だか楽しそうである。

 


 

「だって私、見てないもの…」

 

 

「嵐の本当の姿…」



「見て見たいなぁ…」



そして、壱与は知らぬふりをする。 

 


 

「お主ほどの力があれば、中身ぐらい分かるであろうが!」

 

 

嵐が事実であろう事を述べた。

 


「だいたい…はね」

  

 

壱与がさらりと言う。

 


 

「ひとつ聞きたいんだけど…」

 

 

壱与が革まった様に嵐に問いかけた。

 



「何だ!」

 

 

嵐がめんどくさそうに答える。

 


 

「嵐が最初に封印された理由は何なの?」

 

 

「よほどの術師か、神の仕業よね…」

 

 

壱与の思いもかけない質問だった。


 

だが、嵐に返す言葉はなかった。

 


 

「え、ひょっとして覚えてないの?」

 

 

壱与の千里眼は本物だ。

 


 

「覚えてない…」

 

 

嵐が力のない声で言った。

 


 

「他のことは覚えておるのじゃが…」

 

 

「気がついた時には子犬だったのだ」

 

 

全員唖然となった。

 



「うそ…!」

 


壱与が思わず口に出した。



前鬼も、後鬼も、開いた口が塞がらなかった。

 



「ま、まぁ、真魚殿に感謝するんだな!」

 


前鬼が場の雰囲気を変えようとした。

 


「真魚殿に逢えてよかったなぁ」

 


後鬼は嵐を慰めようとした。

 



「あんたって馬鹿?」

 


だが、壱与はとどめを刺した。



「うるさいわ!覚えてないものは覚えてないのじゃ!」

 


嵐が反抗する。

 



「真魚に出会ってなかったら、ずっと子犬だったのよ!」

 


「普通は解けないわよ、この封印!」

 


「それに!」

 

「死ぬところだったのよ!」

 


壱与の感情が溢れていた。

 


いつの間にか…



嵐への思いが溢れていた。

 


「まぁ、そのぐらいにしとき!」

 


後鬼が壱与の気持ちに気がついた。

 

 

壱与の目に涙が浮かんでいた。

 

 

嵐もその気持ちは感じていた。



「お主、よく見るとかわいいぞ!」

 


嵐のその言葉に壱与が笑った。

 


「あんたって本当に馬鹿…」

 


その言葉に嵐は癒やされていた。




続く…







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