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空の宇珠 海の渦 第四話 その四





「爺さんちょっと待ってくれんかのう!」

 

 

後鬼が木の上で叫んでいた。

 


「またかいな、急がんと嵐が危険じゃ!」


 

前鬼が木の上で振り返る。

 

  

しばらくすると、後鬼が追いついた。

 


 

「それはわかっているんやけど…」

 

 

はぁはぁ…



息を切らしている。

 


 

「しかし、嵐の奴どこに行ったのやら…」


 

後鬼は嵐のことを心配していた。

 


 

「これだけ探しても見つからんと言うことは…」

 

 

「儂らは勘違いをしているのかも知れんな…」

 

 

前鬼は考え込んだ。


 

 

「勘違いとな?」

 

 

後鬼はその意味が理解出来ない。

 



挿絵(By みてみん)






「場所が違うのか?」



後鬼が前鬼に問う。

 

 

「いや、儂らが動いているときに、嵐は動いてないのかもしれん…」

 

 

前鬼がそう言った。

 


 

「そうか、夜か!」

 

 

後鬼は無意識に叫んでいた。



動くなら…夜…


 

その考えは間違ってはいなかった。




 


 

嵐は闇の中をさまよっていた。

 

 

三輪山。

 

 

何故ここなのか、嵐も分からない。

 

 

だが、ここだと確信していた。


 

呼ばれている。


 

感じている。


 

ただそれだけを信じ、森の中をあてもなくさまよっていた。

 

 

最初の接触は葛城山。


 

夜であった。

 

 

驚いた。 

 

 

まさか、会いに来るとは思っていなかったからだ。

 

 

しかし、その気配から、不穏な事態を感じとっていた。

 

 

敵意はなかった。

 

 

しかし、感情すら感じなかった。

 

 

それが嵐には腑に落ちなかったのである。

 


 

「どうしたのじゃ…何があったのじゃ…」

 

 

嵐は闇の中をさまよっていた。

 

 

それは、嵐の心の闇でもあった。

 

 



 

その時…  


 

気配がした。

 

 

近づいてくる。

 

 

嵐は気づいていた。

 

 

その気配の主のことを…

 

 

それは闇の中から姿を見せた。

 

 

懐かしい感情で嵐の心は溢れそうになった。

 


 

「兄者…」

 

 

そこには嵐とそっくりな獣がいた。

 

 

青嵐であった。

 

 

毛の色が嵐よりも黄色がかっている。

 

 

金色と言っても差し支えない、美しい輝きを放っていた。

 

 

その青嵐の横に一人の男が立っていた。

 

 

見慣れない服。

 

 

異国の神官のような服であった。

 

 

長い髪を後ろで束ねていた。

 

 

嵐が驚いたのはその男があまりにも美しい事であった。

 

 

切れ長の目に通った鼻筋、それに薄めの赤い唇。

 

 

最初は女かと思ったほどだ。

 

 

紅牙も美しいが、この男の美しさはもっと官能的であった。

 

 

まとわりつく色香が、女と勘違いさせたのだ。

 

 


その男が口を開いた。

 


挿絵(By みてみん)




 

「そちらからわざわざ来なくても…」

 

 

「迎えに行ったのに…」

 

 

その男はそう言った。 

 

 

 

その言葉の波動に引き寄せられる。

 

 

真魚とは別の意味の魅力が存在した。

 


 

「迎えに行く?」

 

 

嵐はその言葉に違和感を感じた。

 


 

「真魚に用があったのではなかったのか?」

 

 

嵐はその男に問いかけた。

 


  

「今は、あいつに用はない」

 

 

「今は」と言う括りでその問いを否定した。

 


 

「お前に用がある…」

 

 

男は更にそう付け加えた。

 


 

『俺に用があるだと…』

 

 

嵐はこの男の狙いがなんであるのか理解出来なかった。

 


 

 

「なあ、青嵐」

 

 

男は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

不気味であった。

 

 

得体の知れぬ不安が嵐を包んでいく。

 

 

だが、子犬のままの姿ではどうする事も出来ない。

 

 

自分の浅はかさを悔やんでいた。

 

 


 

「では、本題に移らせてもらいましょうか?」

 

 

「青嵐!」

 


 男が叫ぶと青嵐が牙をむいた。

 

 

速い。

 

 

本来の姿の嵐に勝るとも劣らない。

 

 

一瞬だけ青嵐と目が合った。

 

 

悲しそうであった。

 

 

嵐に伝わった。

 

 

その思いが嵐を迷わせた。

 

 

 

青嵐の攻撃をかわすことが出来なかった。

 

 

爪に引き裂かれた。

 

 

立っているのがやっとだった。

 


 

「なぜ本来の姿にならぬ!」

 

 

男はそう言った。

 


 

「まさか!」

 

 

男は、傷ついた嵐に近づいていった。

 

 

嵐は地面に倒れ込んだ。

 

 

倒れた嵐を男は探った。

 


 

「しまった、そういうことか…」

 

 

男は過ちを犯した。

  


 

「嵐!」

 

 

そのとき頭上から声がした。

 

 

 

「ここは、奴らに任せておこうか…」

 

 

「青嵐!」

 

 

男は青嵐を呼ぶと、その背に乗って闇に消えていった。

 

 

鮮やかすぎる引き際であった。


 



 

頭上から二つの影が落ちてきた。

 

 

前鬼と後鬼であった。 

 


 

「あの強烈な波動、もしやと思って来てみたが正解だったな」

 

 

前鬼が言った。

 


 

(ばあ)さん水じゃ!」

 

 

前鬼は後鬼に言った。

 

 

 

「これは大変じゃ」

 

 

後鬼は急いで水瓶の理水を嵐の口に流し込んだ。

 

 

それでも嵐は虫の息であった。

 


 「早く手当をせねば嵐が危ない!」

 

 前鬼は嵐の状態をそう判断した。

 


 

「理水が効いているうちに…」

 

 

後鬼は嵐を抱きしめた。

 


 

「媼さん行くぞ!」

 

 

そう言うと二人は嵐を連れて跳んだ。

 

 

地面に残された血の跡が、嵐の傷の深さを語っていた。








「真魚殿大変じゃ!」

 

 

真魚は後鬼のその声で起こされた。

 

 

まだ陽は昇っていない。

 

 

壱与と一緒に嵐を探すことになり、結局祭祀小屋を借りて休んでいた。

 

 

前鬼達には予め式を使って連絡を取っていた。



 

「嵐!」

 

 

真魚は嵐の姿に驚いた。

 


 

「早く手当をせねば、嵐の命が危ない」

 

 

前鬼は元気がなかった。

 

 

 

「こんな朝早くからうるさいぞ!」

 

 

壱与が起きてきてしまった。


 

この娘の言う「うるさい」は音のことではないだろう。


 

別の棟に寝ていても分かるのである。

 


「あっ、この子犬!大変!怪我してる!」

 

 

壱与は嵐を見るなり駆け寄ってきた。

 

 

 

「大丈夫!まだ助かる!」

 

 

壱与が嵐に手を翳し言った。

 


 

「真魚殿…あの娘…」

 

 

前鬼は感じていた。

 


 

「任せて見るか…」

 

 

真魚は壱与に嵐をゆだねた。

 



 

壱与は嵐を小屋の真ん中に置くと火を起こした。


 

部屋が少し明るくなった。

 

 

同時にすがすがしい香りが漂っていく。

 

 

煙と香りが清浄な場を形成していく。

 

 

壱与が嵐の前に座り手を組んだ。

 

 

目を瞑りなにやら呪を唱えた。

 

 

壱与の身体が輝きだした。

 

 

 

七つの光の輪が光る。



 

それは下から順番に回り始めた。

 

 

それと同時に壱与の生命(エネルギー)が膨らんでいく。

 


 

「ほう…」

 

 

真魚は思わずため息をついた。

 


 

美しかった。

 

 

壱与の姿に目を奪われた。

 

 

その光の波動は生命そのものであった。

 

 


壱与の周りに霊気が蓄まって行く。

 

 

どんどん膨らんでいく。


 

光の輪の回転速度が上がる。



更に、輝いていく…


 


並の巫女ならここまで半刻。




だが、壱与はそれを五度の呼吸でやってのけた。

 

 

 

壱与が生み出す生命(エネルギー)



温かく全てを包み込んで行った。



そして…



それは、一瞬揺らいだかに思えた。



すると、天に向かって真っ直ぐ登り、金色の光を呼んできた。

 

  

金色の光の柱が、嵐と壱与を包んでいく。

 




挿絵(By みてみん)






「これは見事じゃ!」

 

前鬼と後鬼もため息をついた。

 


壱与が恍惚の表情を浮かべた。

 


何よりも美しく。

 


かけがえのないもの。

 



儚く…

 

尊く…

 

そして…

 

温かい…

 


生命(エネルギー)に包まれていた。

 


見た目にも嵐の傷口がふさがって行くのが分かる。

 

 

奇蹟などではない。

 

 

真魚達は生命そのものを見ているのであった。

 


しばらくその時は続いた。

 

しかし、突然光が揺らいだ。

 

風に煽られた蝋燭のように光は消えた。

 

壱与がその場に倒れ込んでいく。

 

真魚が抱き止めた。

 


「やれやれ…」



「ここにも誰かさんと同じ、頃合いの分からんもんが…」

 


後鬼がそう言うと水瓶を笈から出した。

 

 

しかし、その言葉の中には親しみが込められていた。

 


 

「ほんまに…真魚殿の周りは変なもんばっかりや…」

 

 

前鬼がそう言って微笑んだ。

 


 

後鬼が壱与に理水を飲ませた。

 

 

 

「うっ…あっ、私…」

 

 

目を開けると真魚の顔が直ぐ側にあった。

 

 

壱与は頬を赤らめて起き上がった。

 


 

「あんまり無理をするもんやないよ!」

 

 

後鬼は壱与をたしなめた。

 


 

「なにっ、これっ、あれっ!」

 

 

壱与は霊力がもどっていることに驚いた。

 


 

「あなた達は誰?真魚の知り合い?」

 

 

壱与は、後鬼が鬼であることを全く気にしていない様だ。


 

 

「儂らは真魚殿にお供している前鬼と後鬼じゃ」

 

 

前鬼が言った。

 

 

 

「あの、役小角に仕えたという前鬼と後鬼?」

 

 

「ほんとにそうなの!」

 

 

壱与は二人のことを知っていた。

  

 

 

「そうじゃ、うちらを知っておったのか?」

 

 

後鬼がその問いに答えた。

 


 

「おじいちゃんが教えてくれたの」


  

壱与がそう言って眠っている嵐を見た。

 


 

「あっそうだ!薬草取ってこなきゃ!」

 

 

そう言うと壱与は家を飛び出していった。

 


 

「真魚殿、あの娘は…」

 

 

前鬼が真魚に尋ねた。

 


 

「壱与だ、山で逢った」

 

 

「嵐を追って山に入ったらしい…」

 

 

真魚が説明する。

 


 

「嵐を追っていた?」

 

 

「神の山に畏れず一人で入ったのか?」

 

 

前鬼は腑に落ちない様子だ。

 


 

「壱与にとっては、あの山は庭だ…」

 

 

「それに全て分かっている…」

 

 

真魚が結論を言った。

 

 

 

「千里眼か…」

 

 

後鬼がつぶやく。

 


 

「それだけではない、お主らも見たであろう」

 

 

真魚が事実を押しつけた。

 


 

「何ともはや…真魚殿も真魚殿じゃが壱与も壱与と言うことか…」

 

 

前鬼はあきれかえっていた。

 



「だが、あんなものではない…」


 

真魚は壱与の霊力を量りかねている。


 


その霊力は一つの国を動かしかねない力だ。

 

 

それが目の前に二つ同時に存在する。


 

それがなにを意味するかということだ。

 


 

「嵐!これで治るわよ~」

 

 

壱与が嬉しそうに帰って来た。

 

 

器にすりつぶした薬草が入れてあった。

 

 

嵐の傍らに座り嵐の傷口に薬草をすり込んだ。

 


 

「ちょっとは手加減せんか!」

 

 

嵐は目覚めていた。

 


 

「あなたに逢いたかったのよ!」

 

 

「しばらくはじっとしていなさいね、子犬ちゃん」

 

 

壱与がわざと子犬ちゃんと言った。

 

 

まるで、本来の姿を知っているかの様であった。

 

 

壱与にかかると嵐も形無しだ。

 


 

「命の恩人じゃぞ!」

 

 

後鬼は嵐をからかった。

 

 


後鬼の理水と、壱与の助けがなければ、



本当に死んでいたかも知れないのだ。

 



挿絵(By みてみん)



 

 

「嵐、少し話せるか?」

 

 

真魚が嵐に向かっていった。

 

 

「大丈夫だ…」

 


 

「青嵐に逢ったのか?」


  

真魚は核心を突いてきた。

 

 

 

「逢った…」

 

  

嵐が答える。

 

 

「だが、あれは青嵐ではない」

 

 

その返事に悲しみが含まれていた。

 


 

「どういうことだ」

 

 

真魚が問い詰める。

 


 

「この傷は青嵐にやられたのだ」

 

 

「兄者がこんなことをするとは思えん」

 

 

「俺を襲うなんて…」

 

 

悲しみの波動が伝わってくる。

 

 

嵐はその事実を受け止めることが出来ないのだ。 



 

「異国風の男がいたようじゃが?」

 

 

前鬼が嵐に聞いた。

 


 

「初めて見る奴じゃ、しかも、かなりの霊力であった」


 

「それに、俺の封印を一瞬で見抜きおった…」



 

「封印を…」

 

 

真魚は何かに気づいた様だ。

 


 

「そういえば、しまったとか聞こえたようだが…?」

 

 

前鬼が嵐に問う。

 


 

「どうやら本来の俺に用があるらしいのだ…」

 

 

嵐が推測を述べた。

 


 

「なるほどな」

 

 

真魚は結論にたどり着いたようだ。

 


 

「青嵐は奴に操られている…」


  

真魚はきっぱり言った。

 

 

 

「そうか、それで抜け殻のように…」

 


 『忘れた訳ではなかったのだ』

 


 

「兄者…」

 

 

嵐は心が晴れていくのを感じた。

 

 

壱与は黙ってその話を聞いていた。




続く…





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