空の宇珠 海の渦 第五話 その四十六
深い森の中を歩いていた
空は晴れているが、その光を木々が遮る。
獣道と言ってもいいほど細い道だ。
すぐ側まで草が生い茂っている。
幸いそれほど勾配はきつくはない。
それだけが救いであった。
紫音は荷物を積んだ馬を引いていた。
その前、先頭を一人の女が歩いている。
山賊の娘、御遠だ。
紫音の後ろには、二百人ほどの村人が続いている。
しんがりは火魏留が勤めていた。
紫音達の村人だけでこの数だ。
村人と言ってもほとんどが女と子供、老人である。
紫音の父のように戦で負傷した男が何人かいた。
歩けない者は馬に乗せている。
「山の中に、こんな道があったなんて…」
紫音は驚いていた。
「山の民しか知らない道よ、ここなら倭に追われる事もないわ」
先頭の御遠が言った。
「もう少し行けば沢があるわ、そこで休憩しましょう」
「ありがたいなぁ…」
紫音はその言葉で急に元気が出てきた。
さすがに疲れていた。
村人の疲労も限界に近いであろう。
「山の中なら、水も食料も調達できる…」
山の民の知恵が命を繋ぐ。
「蓄えも減らなくて済むし…」
紫音は感謝していた。
しばらく行くと沢に出た。
ここでしばらく休むことにした。
水を飲み、水筒に補給する。
この人数である。
済んだ者から少しずつ移動する。
皆が済むまでにかなりの時間を費やした。
「みんな大丈夫?」
紫音が声をかける。
「もう少し行くと尾根に出るわ、今日はそこまで頑張りましょう」
御遠が皆に言った。
道は一本道だ。
はぐれる者はいない。
だが、険しい山道は村人の体力を奪っていく。
思ったより行程は厳しかった。
「焦らないで行きましょう!」
御遠が紫音にそういった。
「わかったわ、御遠に任す!」
紫音は御遠を信頼していた。
山賊の女である御遠と、こうして仲良くなれたのも真魚のおかげだ。
火魏留の治療の時に、真魚を介して御遠と同調した。
御遠の全てが見えた。
火魏留への想いも見えた。
それは御遠も同じはずだ。
その時の一体感は、お互いの距離を消し去った。
お互い隠し事はできなくなった。
だが、紫音はうれしかった。
心から信じられる友達が出来た。
少し前までは、いがみ合っていた山賊。
まさか親友が出来るとは思ってもみなかった。
「みんな行くわよ!」
紫音は村人に声をかける。
一歩一歩、かみしめるように山道を歩いていった。
「この一歩は未来に向かっている…」
紫音の心は美しい音色を奏でていた。
「あの山賊の娘…」
「そのようですな…」
木の上から前鬼と後鬼が見ていた。
二人の仕事は、村人達を無事に目的の地まで届けることにあった。
「真魚殿も大変じゃな…」
前鬼は呆れていた。
「どこまでお節介なんじゃろな、それにあの最後の男…」
後鬼は火魏留に気がついた。
「なるほど、そういうことか…」
前鬼が全てを理解した。
「真魚殿は、光も闇も引き寄せたと言うわけか…」
それは紛れもない事実だ。
「ほんに恐ろしい男…」
後鬼の瞳がかすかに潤んでいた。
「その目は何じゃ!」
前鬼が窘める。
「小角様を思い出していた…」
後鬼はそう言ったが、前鬼は納得していない。
「いや、あれは惚れた男を見る目じゃ!」
「おや、焼いておるのか?」
「いや、そういうわけではないぞ!」
後鬼は、前鬼の心を弄んでいる。
鬼と言えども、女には敵わないという所だろうか…
二人は村人達とは距離をとっていた。
紫音には姿を見せている。
だが、村人達には見せるわけにはいかない。
「それにしても、これだけの人の移動はたいへんじゃな…」
後鬼が心配そうに見ている。
「この村だけでこの人数じゃ、他の村もあるのじゃろ?」
「まあ、心配なかろう」
前鬼はそう感じている。
「山のことは山の民に任せておけばいい…」
「ここまでは倭の手は及ぶまい…」
「それに、真魚殿が考えたのじゃ…」
前鬼が言った。
「それもそうじゃな…」
後鬼は納得した。
続く…