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空の宇珠 海の渦 第五話 その三十七







夕日が紫音の顔を照らしている。

 


美しい夕日であった。

 


蝦夷の村の丘の上。

 


田畑が黄金色に染まっている。

 


その夕日をみて紫音が泣いていた。

 


こみ上げる涙を、止めることはできなかった。




挿絵(By みてみん)




もうすぐ戦が始まる。

 


その事実が紫音を苦しめていた。

 


全てが切なかった。

 


この美しい夕日も…

 


この大地が放つ生命の波動も…

 


美しければ美しいほど…



感じれば感じるほど…

 


紫音の涙は溢れてくる。

 

 


全ては一つ。

 



それを感じた瞬間から紫音は変わった。

 


全てが愛おしくなった。

 


紫音の心は感動の波動を放ち続けていた。

 


だが、紫音はある事実に気づいた。

 


気づいたときには、心の中で大きくなっていた。

 


当たり前にあった。

 


いつも側にあった。



だから意識していなかった。

 


それがなくなるかも知れない。 

 


不安が紫音を襲った。

 


その不安はここ数日大きくなっていた。

 


「どうして戦いなんてするの…」

 


「死んでいい命なんてない…」

 


紫音は夕日に向かって言った。

 

 

 


「どうしたものかのう…真魚よ?」

 


紫音が苦しんでいる。

 


その波動が伝わってくる。

 



「あの苦しみは紫音のものだ…」

 


嵐に聞かれた真魚が答えた。

 



少し離れた林の側で真魚と嵐がいた。

 


真魚は紫音を見つめている。

 



「行かないのか?」

 



「今、紫音のものだと言ったではないか?」

 


嵐は真魚の問いかけを消そうとした。

 



「ちょっと見てくる…」

 


だが、嵐は紫音の方に走っていった。

 


「やれやれ…」

 


真魚の後ろに前鬼がいた。

 



「壱与の事でも思い出したのか…」

 


側にいた後鬼がそう言った。

 


「悪くはない…」



真魚がそう言った。

 


「青嵐のおかげか…だが、良いことじゃな…」

 


後鬼が言った。

 





草を踏む足音に紫音は気づいた。

 


振り返ったそこには子犬の嵐がいた。

 


「嵐!」

 


紫音は駆けだした。

 


そして嵐を抱きしめた。

 


抱きしめた瞬間、涙が溢れた。

 



止まらない。

 


嵐は黙っていた。

 



紫音の苦しみが嵐に届く。

 



紫音は声を出して泣いている。

 


その涙が、心を浄化していく。

 



嵐の波動が紫音を鎮めていく。

 


時が流れる。

 


一瞬か、永遠か…

 


それはどうでも良かった。

 


だが、その時が紫音を鎮めていった。

 



「お主が抱きたいのは、俺ではあるまい…」

 


嵐が言った。

 



「お見通しなのね…」

 


紫音が顔を上げた。

 



「気づくのが遅いのじゃ…」

 


「だって…」

 


紫音は言葉を返せなかった。

 



「見せてやろう!」

 


嵐がそう言うと、身体が光を放った。 

 


膨れあがる霊力に大気が震える。



風のように大気が舞う。

 



「すごい!」

 


紫音が感動の声を上げた。

 


「乗れ!」

 


本来の姿の嵐が言った。

 


嵐は紫音が乗りやすいように背中を落とした。

 


「いいの!」

 


紫音の心が躍っている。

 


嵐にしがみついた。

 



「それでいい」

 


嵐が言った。

 



「何?」

 


紫音がそう言った時には飛んでいた。

 



「すごい!嵐!」

 


「行くぞ!」

 


嵐は更に速度を上げた。

 


何回呼吸をしたであろう。

 


紫音は嵐の上でそう感じた。

 


それほどの速さであった。

 


「あれは…」

 


整然とした街並。

 


大きな建物。

 


紫音が見たことのないもの。

 



「都だ!」

 


嵐が言った。

 



「これが…都?」

 


紫音は感じていた。

 


「本当に都なの?」

 


紫音は嵐に聞き返した。

 


「紫音が感じている事は事実だ!」

 


嵐が言った。

 




挿絵(By みてみん)




紫音は言葉が出なかった。

 


そこには苦しみが渦巻いている。

 


憎しみが鬩ぎ合っている。

 


そう言うもので溢れている。

 


生命の波動が乱れている。 

 


大地の波動は聞こえてこない。

 



「同じ人が住んでいるのに…」

 


「どうして…」

 


今の紫音には、都に渦巻いているものが分かる。

 


蝦夷の国ではあり得ない。

 


欲しいものは、全て大地が与えてくれる。

 


生命の輝きに溢れている。

 



「ここはいや!」

 


ここでは生きられない! 

 


紫音はそう思った。

 


「それでいい…」

 


嵐はそう言うと、蝦夷の村まで飛んだ。

 

  


「嵐、ありがとう!」

 


嵐の背中に紫音は顔を埋めた。

 



「蝦夷にしかないものがある!」

 


背中の紫音に、嵐がそう言った。

 


「倭はこの生き方しか出来ない…」

 


「お主ら蝦夷の様には生きられぬ…」

 


「この生き方に、しがみつくしかないのだ…」

 


「それが、紫音の感じたものだ!」

 


嵐は紫音にそういった。

 



「うん!」

 


紫音はひとつ分かった。

 


倭の人々も決して幸せではない。

 


「私たち蝦夷は分かち合える…」

 


「幸せも…苦しみも…」

 


紫音はそうつぶやいた。





続く…






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