空の宇珠 海の渦 第九話 魂の鼓動 その四十九
「壱与…」
巴御前が目を覚ました。
「お母さん…」
壱与が巴御前をそう呼んだ。
「淋しい想いをさせてしまいましたね…」
巴御前は身体を起こした。
「大丈夫…」
壱与の手が肩に触れる。
巴御前はその手を握った。
「どうして、今まで…」
壱与が知りたいこと…
それはたった一つであった。
「あの時、三諸山で身体に光が入りました…」
「とても大きな光…」
「私には荷が重すぎました…」
「そこからは何も覚えていません…」
巴御前が壱与にそう話した。
「このお屋敷の前で気を失っていたそうです…」
「私はあの方に拾われました…」
「何も思い出せない私を…」
「あのお方の寵愛を受けて、今まで生きられたのです…」
巴御前は壱与の手を頬につけた。
「こんなに…大きくなって…」
「あの壱与が…」
巴御前の瞳から涙が溢れた。
「ありがとう壱与…」
「私は全てを思い出しました…」
二人の波動が触れ合っている。
失われた時間を取り戻そうとしていた。
前鬼と後鬼が海を見ている。
「ここまで来れば、目と鼻の先…」
目の前にうっすらと島が見えている。
「しかし、紅牙の奴どうするつもりじゃ…」
後鬼が、紅牙のことを気にしている。
「奴が水嫌いとは知らなかった…」
「どんな奴にも弱みはあるものじゃのう…」
前鬼がそう言って笑っている。
「まだ、新月までには時間がある…」
「そのうちに真魚殿も来ることじゃろう…」
「しかし…」
漂う波動に後鬼が一抹の不安を感じる。
「起こすのは容易い…」
「問題はそれをどう防ぐかじゃ…」
後鬼が考え込んでいる。
「真魚殿の策でも不安はある…」
「しかし、他にも考えがあるかもしれぬ…」
前鬼が後鬼に言った。
「一度、決潰した川を止める事は出来ぬ…」
「地の龍の力…」
「開放されればどうなるか…」
後鬼が未来の一つを創造している。
「そのために我らが来たのじゃろう…」
「小角様の想いを携えて…」
不気味なほど静かな海。
前鬼はその海を見ながら、もう一つの未来を創造していた。
次回へ続く…