空の宇珠 海の渦 第九話 魂の鼓動 その四十八
壱与が寝ている巴御前の側に座っている。
じっと寝ているその顔を見ている。
真魚の見立てだと、そのうちに意識が戻る。
壱与はその時を待っていた。
「お主も人が悪いのう…」
「知っておったのだろう…」
嵐が真魚に向かって言う。
「この前、壱与の爺さんに確認した…」
真魚が空を見あげた。
「爺さんの話だと…」
「壱与が二歳ぐらいの頃、突然行方知れずになったらしい…」
「三諸山の神隠し…」
「邑の者はそう呼んだようだ…」
真魚が聞いた話を説明する。
「すると…」
「三諸山で行方が分からなくなったのか…」
嵐が真魚に聞く。
「それは分からない…」
「だが、壱与の母も三諸山に祈りを捧げていた…」
「すると、壱与と同じか…」
嵐が真魚に確認を入れる。
「壱与が受け継いだのは間違いない…」
巴御前に壱与と同じ力がある。
真魚はそう見ていた。
「壱与は毎日、祈りを捧げている…」
幼き壱与の悲しみ…
壱与が三諸山に祈りを捧げる。
そのきっかけになった話である。
「しかし、なぜ…戻らなかったのじゃ…」
嵐がその事に気付いた。
「持っていかれたのかも知れぬ…」
真魚が言った。
「帰りたくても、帰れなかったのか…」
嵐が、巴御前の心に寄り添った。
「それで…」
「ここの主人に拾われたのではないか…」
真魚の考えは概ね当たっていた。
「驚いたぁ…」
「壱与のお母さんが生きていたなんて…」
屋敷の庭で浅葱が言った。
「私も知らなかった…」
綾人も驚いている。
「でも、身分が違うってわかったら…」
浅葱は巴御前を気にしている。
「それは、大丈夫です…」
「旦那様はそのような方ではございません…」
「それに…気付いておられると思います…」
綾人は浅葱に言った。
「そういう事ってあるんだね…」
浅葱がぽつりと言った。
「そう言う事って…?」
「あんた鈍いわね…」
「身分が違っても結ばれるってことよ…」
「えっ…」
浅葱と綾人の目が合う。
「そう言えば、綾人…壱与の事…」
浅葱が話をすり替えた。
「もう良いんだ…」
「どんなに頑張っても、間が詰まりそうにもない…」
「それは、壱与が特別だから…」
浅葱が綾人に聞いた。
「私はこう思うんです…」
「人はみんな特別なんです…」
「今の私には…」
「浅葱だって特別なんだ…」
綾人が空に向かって言った。
「な、なに言ってんのよ!」
どん!
浅葱が綾人の背中を叩く。
「痛いって!」
「浅葱は力が強いんだから…」
綾人が背中を押さえる。
「ごめん…」
浅葱が空を見て謝る。
同じ空を見ている…
二人の間には…
特別な時が流れていた。
次回へ続く…