空の宇珠 海の渦 第九話 魂の鼓動 その四十六
綾人が邑の入り口まで迎えに来ていた。
「何だか緊張するなぁ…」
浅葱は見かけによらず、繊細な一面があるようだ。
「大丈夫ですよ…」
そんな浅葱を見て綾人が言う。
庶民が貴族の屋敷に招待される。
ごく稀なことであるだろう。
「おい、綾人!」
「本当に、美味いものがあるのか…」
「それは、ご用意しております…」
嵐の願いはどうやら叶いそうである。
「どうした壱与…」
真魚が壱与に声を掛けた。
「なんだか…どきどきする…」
壱与が胸を押さえている。
「ほう…」
真魚はその姿に笑みを浮かべた。
惹きあう心…
それには必ず理由がある。
高い波動は結び付く。
その理は誰にも変えられない。
前鬼と後鬼は、先に目的の場所に向かていた。
始まりの島…
古事記では伊弉諾と伊弉冉が、
矛で海をかき回し出来た島である。
「うちらが先に行って、どうにかなるものか?」
後鬼が前鬼に問いかける。
「真魚殿も、紅牙も策にかけては右に出る者はおらぬ…」
二人が練った策なら間違いない。
前鬼はそう考えている。
「確かにそうじゃ…」
「そういう所は小角様に似ておるな…」
後鬼が、小角との思い出に触れる。
「もうあれは小角様の経塚ではない…」
「いつ、何が起きても不思議ではない…」
前鬼が後鬼に言う。
「しかし、真魚殿の見立てじゃと、新月と言うておった…」
「うちもそんな感じがする…」
「真魚殿には嵐がいる…」
「もしもの時はすぐにでも飛んで来られる…」
後鬼の一抹の不安…
前鬼はそれを拭い去った。
「だが…」
「そのもしを感じ取れるのは儂らだけじゃ…」
前鬼がそう言った。
「それに…」
「小角様の想いを受け継がねばならぬ…」
前鬼と後鬼の気持ちが前を向く。
「小角様の残された想い…」
「あれだけはうちらの手で…」
後鬼の想い…
全ての想いが一つになる。
その瞬間に向かっていた。
次回へ続く…