空の宇珠 海の渦 第九話 魂の鼓動 その四十
「よかった…」
壱与が浅葱を抱きしめた。
身体の大きい浅葱と壱与はまるで親子である。
綾人が申し訳なさそうに立っている。
「私がもう少ししっかりしていれば…」
綾人の声で浅葱が顔を上げた。
「いいのよ!」
「私が勝てないんだから、あなたは無理よ…」
その言葉が綾人の心に突き刺さった。
「嵐、ありがとう!」
壱与は嵐に抱きついている。
「あんたたち本当に仲がいいのね…」
浅葱が呆れていた。
その姿を綾人が見ている。
振り向いた浅葱が、綾人と目が合った。
「元気出しなさいよ綾人!」
「帰って来れたんだから気にしない!」
浅葱が綾人の背中を手で叩く。
その背中の痛みが綾人の痛みである。
『気にするな…』
浅葱はそう言う。
だが、綾人は…
自分の無力さを責めていた。
邑の外れで真魚と鹿牟呂が話をしていた。
「お主は四鬼一族を知っておるか?」
鹿牟呂が真魚に聞く。
「四鬼一族…」
真魚にはその知識がほとんど無い。
「俺は、四鬼一族の末裔だ…」
鹿牟呂が真魚にその事実を告白する。
「奴等もか…」
真魚がつぶやく。
「開祖様が四鬼一族に託したものがある…」
鹿牟呂が追われる理由がそこにある。
「開祖とは、小角殿のことか…?」
「そうだ…」
真魚の問いに鹿牟呂が答えた。
「それが、奴等の狙いなのか…」
真魚は蜻蛉から聞いている。
鹿牟呂が持っているもの…
「俺は奴等と約定を交わした…」
真魚が鹿牟呂に言う。
「俺に付いて来てくれ…」
鹿牟呂がそう言って歩き始めた。
鹿牟呂の家の置き石。
その下を鍬で掘り起こす。
そこから頭ほどの大きさの箱が出て来た。
「これをお主に託す…」
鹿牟呂が笑っている。
「良いのか…」
真魚が笑みを浮かべる。
「中を見ようが関係ない…」
「好きにするが良い…」
「今の俺にとっては、ただの紙切れだ…」
真魚にこそ渡す意味がある。
鹿牟呂はそう思っていた。
「それからでも遅くはあるまい…」
鹿牟呂はそう言って、真魚の肩を叩いた。
小角が四鬼一族に託したもの…
それは、小角の意志の現れである。
それが今、真魚の手の中にあった。
次回へ続く…