空の宇珠 海の渦 第九話 魂の鼓動 その三十六
「ここまで来れば安心だ…」
山蝉は用意してあった小船に、浅葱を乗せた。
「とりあえず、これで……」
縛られて動けない浅葱の上に筵をかぶせる。
「んんん!んん!」
縄で縛られた浅葱が身をよじる。
「心配するな、後で可愛がってやる…」
蜻蛉と共に自らも船に乗った。
縛られても抵抗しようとする浅葱。
その姿を横目で見ながら…
山蝉が竹竿を使って船を押し出した。
岸から離れた船が流れに乗っていく。
「どこまで行くんだ…」
山蝉が蜻蛉に聞く。
「とにかく…行ける所までだ…」
逃れたい…
一刻も早く…
蜻蛉の中に妙な意識が芽生えていた。
あの時の感覚がそうさせている…
得体の知れない波動…
認めたくない自らの心…
蜻蛉はそれに気付いていた。
「決めてなかったのか…」
「お主らしくもないな…」
山蝉がそう言って笑っていた。
「どこだ…あいつら…」
嵐が空の上から探している。
「思ったより遠くまで来ているな…」
嵐の背中で真魚が言う。
予想とは少し違う。
そう言いながら笑みを浮かべている。
「あれか!」
嵐がそれらしき者達を見つけた。
「船か…考えたな…」
真魚が感心している。
「どうする?」
嵐が真魚に聞く。
「強行突破でいくか…」
「面白いではないか…」
真魚の言葉で、嵐が高度を下げ始めた。
「浅葱は落とすな…」
「誰にものを言っている…」
嵐が速度を上げた。
もう人の目では見えないくらいである。
「何だあれは!!」
山蝉が叫んだ。
船の前方から水柱が迫ってくる。
ばっしゃぁあ~ん!
その水柱が船を裏返す。
「ぷは~っ」
しばらく経ってから、二つの顔が水に浮かんだ。
二人は堪らず、裏返った船に掴まった。
「ど、どうなっているんだ!!」
山蝉が驚いている。
「あの娘はどうした!」
蜻蛉が、山蝉に向かって叫んだ。
「ここだ!」
その声で岸を見た。
真魚が笑っている。
その側に…
船に乗っていたはずの浅葱が立っていた。
「いつの間に…」
蜻蛉が驚いている。
「お主らに聞きたい事がある…」
「小角殿の経塚…どうするつもりだ…」
真魚が岸から話しかけた。
次回へ続く…