空の宇珠 海の渦 第九話 魂の鼓動 その三十五
「あれは…」
綾人が浅葱の籠を見つけた。
「浅葱…」
「私がもっと…」
綾人は、浅葱の籠を持って目を伏せた。
「綾人様!」
その声で振り向いた。
そこに壱与が立っていた。
「嵐、どこに行ったの?」
嵐の波動が壱与に知らせた。
「それは…浅葱の…」
壱与は綾人が持っている籠を見た。
「浅葱が…」
「何者かにさらわれた…」
綾人が、声を絞り出した。
「浅葱が!」
壱与が嵐の波動を追っている。
真魚の言うとおりの事が起きた。
それを知っている壱与は冷静である。
「真魚と嵐が追って行ったのね…」
壱与が綾人に確認を入れる。
「はい、嵐様が神の獣になって…」
「それなら、もう心配は無いわ…」
壱与の真魚と嵐に対する信頼は絶対である。
「綾人様、一緒に来て…」
「浅葱の家に行きましょう…」
壱与はそう言って歩き始めた。
綾人は浅葱の籠を持って、
壱与の後をとぼとぼと付いて行った。
浅葱の家は邑の外れにあった。
「おじさんいる?」
壱与は入り口の前で声を掛けた。
「どうした…」
すぐに鹿牟呂が顔を出した。
「浅葱がさらわれたの…」
壱与が鹿牟呂にだけ聞こえる様に言った。
「なんだって!!」
「浅葱が!」
鹿牟呂はこの時、自分が犯した過ちに気付いた。
「大丈夫、真魚と嵐が今向かっている…」
壱与は鹿牟呂にそれを伝えた。
「私がもう少し…しっかりしていれば…」
綾人が、浅葱の籠を持ってうつむいている。
助けるどころか先に気を失った。
綾人にも男としての自尊心はある。
「真魚と嵐なら大丈夫…」
「必ず浅葱を助けてくれる…」
壱与が綾人を慰める。
「それよりも、おじさん…」
壱与はそう言って、鹿牟呂を見た。
「わかっている…」
「娘の命には代えられん…」
鹿牟呂がそう言ったきり、口を閉ざした。
次回へ続く…