空の宇珠 海の渦 第九話 魂の鼓動 その三十三
欠け始めた月が辺りを照らしている。
初瀨の奥にある寺。
お堂の前…
そこが待ち合わせの場であった。
大きな影と小さな影…
二つの影が近づいていく。
「どうであった…?」
大きい影山蝉が、小さい影蜻蛉に聞く。
「いたぞ、出雲だ…」
「いたのか!!」
蜻蛉の答えに、山蝉の声が弾む。
「それだけではない…」
「どうやら娘がいるようだ…」
「娘か…!」
山蝉の目つきが変わる。
「それで、何を考えている…」
山蝉は、蜻蛉の答えを待っている。
「女と聞いて…」
「お主が黙って見ているはずはない…」
「それならば…」
そこまで言って蜻蛉の口が止まった。
「どうした…」
山蝉が蜻蛉の様子を怪しむ。
「誰かに見られているような気が…」
蜻蛉は周りに気を配る。
「月以外に誰もおるまい…」
山蝉はもう女のことしか頭にない。
「鹿牟呂は手強い…」
「娘に狙いを絞る…」
「ほう、それで!それでどうするのじゃ!」
山蝉の声が弾む。
明らかに興奮している。
「娘を奪い、餌にする…」
蜻蛉が笑みを浮かべる。
「娘は、娘はどうするのだ!」
「それは、お主が好きにすればよいではないか…」
蜻蛉がそう答えた。
「決まりだ!」
山蝉は二つ返事で了承した。
「それで、何がいる…」
物事には段取りが必要である。
興奮した山蝉にでも、それぐらいは分かるらしい。
「丁度、この辺りには…」
初瀬の由来は船着場である泊瀬である。
古代からこの辺りの川は物流の拠点であった。
「ひとつ…頂くとするか…」
蜻蛉の計画を、山蝉は興奮しながら聞いていた。
朝日が出てからしばらく過ぎた。
黄金色の田んぼが土の色に戻っている。
稲刈りが終わった田。
それを背にして浅葱が立っていた。
「今日は綾人、来ないのか…」
邑の入り口付近。
背中に籠を担いだ浅葱がうろうろしている。
山には行くなと言われている。
袴もはかず…
それなのに籠を担いでいる。
つじつまが合わない着物…
そして、行動…
浅葱にその意識はない。
「あっ!」
浅葱が見つけた綾人は、何かを重そうに抱えている。
浅葱が気になって駆けだした。
「あんた、何持ってるの?」
「あ、これ?」
袋に何かが入っている。
それほど大きくはないが、重い事は見て取れる。
「ちょっと貸しなって!」
浅葱が軽々と持ち上げる。
「なに、これ?」
「昨日、嵐様に聞かれたので…」
「とりあえず…」
そういう綾人は汗だくである。
「それにしても、浅葱は力が強いなぁ…」
綾人はその場に座り込んだ。
「神様に貢ぎ物…?」
「そう言うところには気が回るのね…」
呆れた浅葱が綾人を見た。
その時であった。
「!」
「久しぶりだな小娘…」
その声に聞き覚えがあった。
「お前、あの時の!」
浅葱は身構えた。
「今度は逃がさないぞ…」
大きい男、山蝉が言う。
「まさか、顔見知りだったとはな…」
小さい男、蜻蛉が笑みを浮かべて言った。
次回へ続く…