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空の宇珠 海の渦 第九話 魂の鼓動 その三十






「壱与様…」

 



綾人は、はざかけをする壱与を見つけた。

 




「なんて美しいんだろう…」

 




綾人は壱与の姿に見とれた。

 




挿絵(By みてみん)






「お主…また来たのか…」

 




いつの間にか…

 




足下に、小犬の嵐が座っていた。

 






「これは、嵐様…」

 




綾人は嵐をそう呼んだ。

 




「御前様の伝言をお伝えに参りました…」

 




「伝言?」

 




「それは、どうでもよい…」





「ところでだな…」

 




綾人に向かって嵐が言う。

 





「お主の屋敷には、美味いものはあるのか?」 





「えっ、あの、美味いものと言いますのは…?」 

 




それを聞いた綾人が戸惑っている。

 




「お主は馬鹿か?」

 




「美味いものと言えば食い物に決まっておろうが…」

 




「あっ、そういう事でしたか…」

 




「それでしたら、大丈夫です…」

 



綾人が嵐に答えた。

 




「本当か?」

 




「はい、沢山あります!」

 




「そうか、そうか!」





 綾人の答えを聞いた嵐が立ち上がった。  





「これだけは言っておく…」

 




「食い物のないところには俺は行かぬ…」

 




嵐がそう言って、綾人に尻を向けた。

 




「そのようにお伝えしておきます…」

 




「それと…」

 




「壱与にもし何かあれば、俺は許さぬ…」

 




「覚えておけ…」

 




そう言い残して、嵐はその場を去って行った。

 





「嵐様はああ言いながら…」

 




「結局…壱与様を心配しているんだ…」

 




綾人は嵐の心を感じながら、壱与の元に向かった。

 





「壱与様、お忙しいところ申し訳ありません…」

 




「あ、綾人様…」

 




壱与が笑顔で振り向いた。

 




「あっ…」

 



自分にだけ向けられた笑顔。

 




綾人は一瞬で身体が火照った。

 




「あっ、あのう…」

 




言うべき事を忘れてしまう。

 




「どうでしたか?」

 




結局、壱与に助け船を出された。 

 





「そ、その御前様が喜んでおられました…」 





「いつでもいいから…」

 




「来て頂けるなら…」

 




「そうおっしゃってました…」 





綾人は、この日の仕事をこれで終えた。

 





「しばらくは、稲刈りがあるから忙しいの…」

 




「これが終わってから…」

 




「そうなると思う…」

 




壱与が綾人に言った。

 





「壱与様のご都合で構いません…」

 




「御前様にはそう伝えておきます…」

 





綾人がそう言って壱与を見た。

 





「綾人様…」

 





壱与が笑っている。

 





全てが見抜かれている…

 





綾人はそう感じ、反射的に目を伏せた。

 




「私達には、お気遣いなく…」

 




「ここにいる人達は、みんなそう思っている…」

 




壱与が稲刈りをする村人を見ている。

 




綾人は働く村人の姿に、息を呑んだ。

 





「ああ…」

 




「なんと…美しいのだ…」






壱与の一言が、綾人の意識に変化を与えた。






今まで存在していたが、気付かなかったもの…

 




あるものとないもの…

 




あったのに気付かなかったもの…

 




見たことのない世界…






今それが、目の前にあった。 

 





「綾人様みたいな方が…」

 




「貴族の世界にもっといたら…」

 




「この国も変わるかも知れない…」

 




壱与は村人を見ながらそう言った。

 




「壱与様…」

 




村人を見つめる壱与の瞳。

 




綾人が、その耀きに心を奪われた。

 





「真魚ももうすぐ動き出す…」

 




「その時は…もうすぐ…」

 




壱与が見ている世界。

 




そこに何があるのか…

 




綾人には想像がつかない。

 




だが、綾人は気付いてしまった。

 




こんなに近くにいるのに、果てしなく遠い。





壱与との本当の距離…





綾人にとっては…





決して埋まるはずのない距離が…





目の前にあった。






次回へ続く…





挿絵(By みてみん)




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