空の宇珠 海の渦 第九話 魂の鼓動 その二十九
「紅牙は老師殿に報告すると、言っておった…」
「紅牙の足ならもうお山についておる頃じゃろ…」
後鬼がそう言って吉野の金峰山の方を見る。
「来てすぐで悪いが…」
「お主らには、すぐにお山に向かって貰いたい…」
真魚が前鬼と後鬼に言った。
「あの様子だと、紅牙は何かを隠しておる…」
「その理由…」
「うちも知りたいと思うております…」
後鬼が前鬼と目を合わせる。
「今から言う事を紅牙に確認して欲しい…」
真魚はそう言って、二人に耳打ちした。
「なるほど…」
前鬼が蓄えた髭を撫でる。
「さすがは真魚殿…」
後鬼が感心している。
「俺はここで奴等を探す…」
「奴らには、聞かねばならぬ事がある…」
真魚は何かを掴んでいるようである。
「奴等の居場所…」
「知っておるのですな…」
真魚は見当はつけている。
後鬼はそう考えていた。
「この邑にいれば、そのうちに現れる…」
「もう来ているかも知れぬぞ…」
真魚が稲刈りをしている浅葱に目をやった。
「ほう…」
「噂をすれば…」
浅葱と話す綾人…
離れた木の陰に怪しい人影…
「あれが、真魚殿が見た…」
後鬼がその波動を感じている。
「確かに…よく似ておる…」
「だが、奴に比べたら…あの男は子供…」
前鬼が感じた危険な香り…
真魚にその事実を伝える。
「その男が…頭か…」
小角が築いた葛城二十八宿。
それを逆に利用する。
それには強大な霊力が必要である。
しかも…
闇を操る…
その術を知っている者達の、頭かも知れない。
「面白い…」
真魚の口元に、自然と笑みがこぼれていた。
何もない整理された部屋…
そこで、紅牙が一人の老人と向き合っていた。
齢70歳ほど…
頭に毛がなく、口元から胸まで白い髭が伸びている。
その老人は、皆から老師と呼ばれていた。
「老師様の言うとおりでございました…」
「なるほど…そうか…」
「それで、奴には出逢ったのか?」
老師が紅牙に聞いた。
「奴とは、どちらでございましょう?」
紅牙が態とはぐらかす。
「真魚に決まっておるであろう…」
老師がその答えを待っている。
「真魚にはまだ…」
「しかし、前鬼と後鬼が来ておりました…」
紅牙が老師に伝えた。
「そうか…」
「だが、いずれ真魚には話す事になるじゃろう…」
老師は少し考え込んだ。
「だが、奴のこと…」
「既に何かを気付いておるかも知れぬ…」
老師の口元に笑みが浮かぶ。
「老師様…」
「お山の一大事に…なにやらうれしそうですな…」
紅牙が老師を見て笑っている。
「それは、お主も同じではないのか?」
逆に老師に咎められる。
「あの男…どうなっておるのか…」
「それは私も楽しみにしております…」
紅牙が笑みを浮かべる。
「あれから、どれくらい力を付けたのか……」
老師が、真魚の子供時代を思い返している。
「しかし…じゃ…」
「これは儂らで何とかせねばなならぬ…」
老師が紅牙に言った。
「ごもっともでございます…」
紅牙が老師と目を合わす。
「どんな手を使ってでも…」
老師はそう言って紅牙を見た。
次回へ続く…