空の宇珠 海の渦 第九話 魂の鼓動 その二十五
前鬼と後鬼は森の中を行く。
気配を消して進んでいく。
少しずつ、波動の場所へ近づいて行った。
「あれか!」
後鬼が先にそれを見つけた。
頂上には木が無く、拓けた場になっていた。
その中央…
炎の手前に人影が見える。
「あれは…護摩壇か…」
修験者の後ろ姿…
長い髪…
こちらからは顔は見えない。
「男か…」
その読経の声で、そう判断した。
大身迦楼羅王。大満迦楼羅王。
如意迦楼羅王。各与若干百千眷属倶。
韋提希子阿闍世王与若干百千眷属倶。
各礼仏足退坐一面。
それを読み終えた後、炎に投げ入れている。
「これは…」
前鬼は、それに聞き覚えがあった。
「法華経…か…」
後鬼もすぐに気がついた。
「まさか…!」
後鬼の中に、怒りの感情が芽生えた。
「小角様の法華経か!」
怒りにまかせ、身体が勝手に反応した。
「待て!」
その後鬼の腕を、前鬼が掴んだ。
「ここにある時点で、あれは小角様のものではない…」
前鬼は後鬼に言った。
他の者の手に触れ、その者の波動が転写される。
その者が邪悪な波動を纏っていたなら、
その時点で別のものとなる。
「た、確かにそうじゃが…」
後鬼の目に涙が浮かんでいる。
「なぜじゃ…なぜこんな事をする…」
後鬼の瞳から、涙が一筋こぼれ落ちた。
「紅牙の奴め、これを感づいておったか…」
前鬼が紅牙の力に呆れている。
「これを見せたのは他でもない…」
「真魚殿の力が必要だからじゃ…」
紅牙の作戦にまんまとはまった。
しかし、それしか方法はない。
紅牙もそう考えたからである。
「紅牙め…」
別れ際、紅牙が言った…
『また会うことになるだろう…』
前鬼はその言葉を思い出し、奥歯を噛みしめた。
「全く…隅に置けぬ男だ…」
「しかし…」
前鬼は目の前の出来事に疑問を抱く。
「奴等は何の為にそうする…」
前鬼は考え込んだ。
「うちも今その事を考えておった…」
「奴等はこの仕掛けを知っておった…」
「それが不思議でならぬ…」
後鬼がそう言って、護摩を焚く男を見ている。
「それに、あの男…」
「うちらの手には…負えぬかも知れぬ…」
理由はない…
だが、後鬼は何となくそれを感じ取っていた。
「確かに…そうかも知れぬ…」
そして…
前鬼は、別のある事を気にしていた。
「誰かに似ている…」
今までに出逢った誰か…
その中の誰かは思い出せない。
だが、嫌な予感には違いがない。
非常に危険な香りが漂う。
「ここはひとまず、真魚殿に報告じゃ…」
後鬼が気持ちを切り替えた。
「それがよかろう…」
前鬼もその意見に従う。
「行くぞ!」
後鬼が先にその場を後にした。
「それにしても…あの男…」
遠い記憶…
その中に眠る波動の記憶。
その記憶に引き摺られながら…
前鬼はその島を後にした。
次回へ続く…