空の宇珠 海の渦 第五話 その三十二
「お主らそこで何をしておるのだ!」
前鬼が目覚めたとき、そこには真魚が立っていた。
城の屋根の上。
「こら!媼さん!早く起きんか!」
前鬼が後鬼の身体を揺っている。
そのおかげで後鬼が目覚めた。
「う~ん、おや?」
「効き目は抜群の様だな…」
後鬼の前に真魚が立っていた。
結局…
その効果を確認したのは真魚であった。
「まだ寝ている奴もいるしな…」
前鬼が笑っている。
その横で、嵐はまだ眠っていた。
「話はついた様ですかな…」
「何か不安でもあるのか?」
前鬼の様子から、真魚が聞き返した。
「いや、田村麻呂は信用できる…」
「帝か…」
真魚には分かっていた。
「どう動いてくるのか…」
前鬼の考えは間違ってはいない。
「確かにあの男が鍵になる…」
真魚が笑っている。
「そうでしょうな…」
前鬼が、真魚の様子を見て納得した。
「全てが味方をする…お主らもいる…」
真魚が言った。
その言葉の波動に不安は感じられない。
「嵐、そろそろ行くぞ!」
「なんだ、分かっておったのか!」
嵐は寝たふりをして話を聞いていた。
「お主のくそ芝居などお見通しだ!」
後鬼が笑っている。
「誰ぞが作った香のせいではないのか!」
嵐が言い返す。
「うちも驚いておるのじゃ!」
後鬼の言葉は、自慢とも反省とも取れる。
「なんだ!適当なのか?」
嵐は驚いている。
「そうじゃ、適当じゃ!」
後鬼が当たり前の様に言った。
「初めて作るものじゃ、分量などわかるものか!」
自分の過ちを全て正当化した。
「これは返しておく…」
そう言って真魚が後鬼に何かを渡した。
後鬼が笑みを浮かべ受け取る。
「なんだ?それは?」
嵐が後鬼に聞いた。
「眠りを妨げる薬じゃ…」
後鬼が手の平のそれを見つめる。
「真魚殿には必要なかったようじゃな…」
前鬼が笑っている。
「真魚は眠くなかったのか?」
嵐が不思議そうに真魚を見た。
「気にするな、効果は確認済みだ!」
真魚が、自らの鼻を指でつまんだ。
「行くぞ!」
城の屋根から一筋の光が昇った。
城は朝まで静かであった。
かすかに残る甘い香り。
これに気づく者はいなかった。
続く…