空の宇珠 海の渦 第九話 魂の鼓動 その十七
「壱与にお主の様な友がいたとはな…」
嵐が足下から、浅葱を見上げている。
「この辺りも久しぶりだなぁ…」
そう言いながら、嵐はご機嫌である。
「村まではもうすぐよ…」
浅葱がそう言った時である。
「あれっ!」
出雲邑に向かう道。
道端の石に腰を掛けている男…
若い貴族…
「あの男…」
壱与の事を調べている…
若く、それなりの身分…
浅葱の勘が正しければ、それは噂の男である。
「知り合いなのか?」
世間に疎い嵐が聞く。
庶民と貴族の間…
その接点はほとんど無いはずである。
「壱与の事を調べている奴がいるらしいの…」
浅葱は、嵐にその事を告げた。
「どうして、壱与を調べる?」
嵐には、皆目見当がつかない。
「ちょっと聞いてくる…」
浅葱は真魚と嵐を置いて、先に向かった。
「何かお探しですか?」
浅葱が突然、男の前に立った。
「わっ!」
どしん!!
浅葱に驚いて、 男は石から落ちた。
「お、大きいんだな…」
着物の汚れを払いながら、男が立ち上がった。
「生まれつきなもんで…」
浅葱が男を見下ろしている。
「出雲邑に行きたいんだけど…」
浅葱の気迫に押されて、そう言ってしまった。
行きたいんだけど、行けない…
本当は迷っている。
迷ったまま、石の上…
どれだけの時を過ごした事だろう。
「何か用?」
浅葱は、身分を気にしない質らしい。
「頼まれたことがあって…」
男の言葉ははっきりしない。
「ひょっとして、壱与の事を調べているの?」
浅葱は、的のど真ん中を射貫いてみせた。
悪い男ではない…
浅葱の勘がそう言っているからである。
「そ、そう…」
「その壱与という人に会いたいんだ…」
男が驚いている。
「どうして…わかるんだ…」
「わははははっ!」
男の問いに浅葱は笑いで答えた。
「だって、私の邑では有名だもの…」
「それに…壱与は私の友達…」
浅葱はおかしくてたまらない。
「えっ!」
偶然にしては出来すぎている。
男は驚きを隠せない。
「あなた、どこのお屋敷のお方?」
浅葱は男に聞いた。
「そ、それは今、言えないんだ…」
「でも、信じて欲しい…」
「怪しい者ではない…」
必死に浅葱に説明する。
「それは、見たら分かるわ…」
浅葱が笑っている。
「俺は、綾人と言う…」
突然訪れた、絶好の機会。
綾人には…
それにすがるしか道はなかった。
次回へ続く…