空の宇珠 海の渦 第九話 魂の鼓動 その十五
浅葱は男を睨んでいる。
この男は大きい。
浅葱の背丈を十分に超える
「ほう…」
男が、浅葱の構えに感心している。
「動かぬのなら…」
第一撃は男からであった。
男の錫杖が、浅葱に向かう。
かつっ!
浅葱が鍬の柄で、見事にはね返す。
男が斜面の上にいる。
このままでは、身体の小さな浅葱は不利である。
徐々に身体を移動させる。
「なかなか面白い女だ…」
「惜しい…」
男が唇を舐めた。
浅葱は木の後ろに回り込み姿を隠した。
「この山蝉様から逃げられると思うなよ…」
男は自らを山蝉と名乗った。
それは自信の表れである。
名を知られても問題ない。
口を封じるのは容易い。
そう思っているからである。
浅葱が姿を見せた時には、男の上に立っていた。
「それで、勝ったつもりか…」
男が浅葱に向かった。
かつっ!かつん!
「この男!!!」
身体に似合わず、動きが速い。
浅葱は防戦一方である。
徐々に、後ろに下げられている。
「やはり…女は女か…」
山蝉と言う男が、笑みを浮かべた。
「なにを!!」
その言葉が、浅葱の奥底に触れた。
浅葱の顔色が急に変わった。
たぁ!たぁ!たぁ!
何かに取り憑かれた様に、鍬を浴びせる。
一心不乱…
浅葱の連打が、山蝉を追い込んでいく。
その時!
「おおっ!」
山蝉の身体が大きく傾いた。
それで、身体が動けなくなった。
「くらえ!!!」
浅葱の一撃が山蝉を襲う。
その瞬間…
かちぃぃん!
浅葱の鍬が何かに弾かれた。
「そこまでだ…」
そこに立つ一人の男。
真魚が、浅葱の一振りを止めたのである。
「殺すつもりか…」
真魚が浅葱を見た。
「あっ…」
その言葉で、浅葱は正気に戻った。
山蝉はその隙に、その場を離れ、距離を取った。
「お主、不覚をとったな…」
真魚が山蝉を見て言った。
浅葱が堀った山芋の穴…
浅葱はそれを利用したのである。
「これからと言う時に…」
山蝉が残念そうに言う。
「今度はもう少し、楽しませてもらうぞ…」
山蝉はそう言うと、森の中に姿を消した。
「何だあいつ、負け惜しみか…」
嵐が真魚に言った。
「えっ!」
浅葱が、その声の主に驚いている。
「い、犬が喋った!」
口にしてはいけない言葉…
浅葱は、それを言ってしまった様である。
「犬ではない、俺は神だ!」
浅葱の足下から、嵐が見あげている。
「か、神なの!」
驚くのは無理もない。
初めて見る神が、犬の姿をしている…
誰であっても、受け入れがたい事実である。
「まぁ、これは仮の姿だがな…」
仮の姿…
そう言われても、浅葱にには信じられない。
「それにしても大きな女だ…」
「壱与とはえらい違いだな…」
嵐が呆れた様に、浅葱を見た。
「い、壱与を知っているの!?」
「知っているも何も、俺達は仲間だ…」
嵐の言葉を信用できないのか…
浅葱は真魚に目配せをした。
「俺は佐伯真魚という、こいつは嵐だ…」
真魚が珍しく、自分から名乗った。
「わ、私は浅葱、出雲邑の…」
そこまで言いかけて、浅葱は思い出した。
壱与から聞いた話…
佐伯真魚…嵐…
「私、あんた達知ってる!」
浅葱は驚いたまま、真魚と嵐を見ていた。
次回へ続く…