空の宇珠 海の渦 第九話 魂の鼓動 その十三
「では、行くとするか…」
真魚が立ち上がった。
いつものように漆黒の棒を肩に担いだ。
「今度こそ壱与の所だな…」
嵐が真魚に確認をする。
「今のところ他にあてはない…」
真魚がそう言って歩き始めた。
「それならいい…」
嵐は真魚の後ろを歩き始めた。
しばらく歩くと、大きな岩の前に来た。
闇と闘った場所…
闇に触れた木が、一部枯れている。
「しかし、奴等何者だ…」
「あのちびは相当速いぞ…」
嵐があの戦いを思い出して言う。
蜻蛉と言う謎の男。
修験者の姿をしていたが、実の所は分からない。
「鹿牟呂という男もな…」
真魚がそうつぶやいた。
何処かに接点があるはず…
鹿牟呂が知らないというには訳がある。
真魚はそう感じている。
「それに…あの技…」
鹿牟呂が操る鎌の動き…
並の男なら、あっという間にやられていた。
操る鹿牟呂も鹿牟呂だが、それを凌ぐのは蜻蛉の動きである。
「どちらもただ者ではない…」
それだけは疑いようのない事実である。
「なるほど…そうか…」
真魚が、突然笑みを浮かべた。
どちらもただ者ではない…
そこに糸口がある。
口元の笑みは…
真魚が何かを掴んだ証である。
「鹿牟呂いう男…」
「あの男を憎んでいる様にも見えたなぁ…」
「ほう…」
「なかなか冴えてるな、嵐…」
嵐の言葉に真魚が振り向いた。
「な、何を言うのじゃ、いつも冴えているであろうが!」
嵐が照れくさそうに言った。
「う~ん…」
綾人は困っていた。
御前様には返事をしたものの、理由が見つからない。
「何か…ないかなぁ…」
とぼとぼと、歩きなら考えていた。
理由もなく受け入れては貰えない。
綾人はそう考えていた。
壱与に遭って話す、最善の策…
何か口実が必要である。
綾人は困り果てて、道端の石に腰を掛けた。
出雲邑はもうすぐである。
何も浮かばなければ、これ以上は進めない。
だが…
それは全て、綾人の思い込みである。
口実がなければ話を切り出せない。
壱与に対する特別な感情…
『嫌われたくない…』
それが、綾人を引き留めている。
しかし…
綾人はまだ…
自らの心に気付いてはいなかった。
次回へ続く…