空の宇珠 海の渦 第九話 魂の鼓動 その十
「お主は、一体…」
山の民の男が驚いている。
「真魚、青龍の出番が早くなかったか?」
子犬に戻った嵐が、舌なめずりをしている。
「心配するな、まだ出番がある…」
「俺の見たところ、あの男がきっかけだ…」
真魚がそう言いながら、様子を探っている。
「あいつは…逃げたようじゃぞ…」
嵐がその様子を見ていたようである。
「お主ら、どういう関係だ…」
「争う理由などないはずだ…」
真魚が山の民に聞く。
「言いたくないなら、言わなくてもいい…」
「だが、あの男は危険だ…」
山の民と修験者…
この二人には、何かがあるはずだ。
「あいつは、自らを蜻蛉と名乗った…」
「俺は鹿牟呂だ…」
「俺は奴のことを良く知らない…」
「先ほど偶然出逢っただけだ…」
鹿牟呂の口は重い。
何かを隠そうとしている。
それは、手に取るように分かる。
「それにしても…この犬、喋るのか…」
鹿牟呂が、言ってはいけないことを口にした。
「俺は、犬ではない!神だ!」
嵐が鹿牟呂を睨んでいる。
「神だと!」
喋る子犬の口から出た言葉…
神だと言っても、鹿牟呂には信じられない。
「お主は馬鹿か!」
「俺の活躍を見なかったのか?」
嵐が自慢げに言う。
「大きくなったのは、見た…」
「だが、速すぎて…」
実の所…
鹿牟呂には見えていなかった。
闇の魅力に心を奪われていた。
ただそれだけである。
「そうか!そうか!」
「速いのは当たり前じゃ!」
「良いか、今度はちゃんと見ておけ!」
既にお腹いっぱいである。
速い…
その言葉だけで、嵐は満足であった。
「なるほど…そうじゃったのか…」
後鬼は、前鬼の説明を聞いて納得した。
「すると、紅牙はもう見て来たのじゃな…」
後鬼が紅牙に聞いた。
「あの島以外はな…」
「そうか、紅牙は水が苦手であったのう…」
後鬼がそう言って笑った。
「儂らの手間が省けた…」
「そういうことにもなるか…」
前鬼がそう言って笑みを浮かべる。
「で、どうするのじゃ?」
後鬼が紅牙に問うた。
「さぁ…どうしたものか…」
紅牙が持っていた錫杖を構えた。
いつの間にか…
前鬼の手にも、斧が握られている。
「ほう…」
紅牙が笑みを浮かべた。
「こちらの気配を悟ったか…」
後鬼がそう言った。
「式か…」
「それにしても…鮮やかな引き際…」
前鬼の手の斧は、既に消えていた。
「様子を見に来ただけじゃろ…」
後鬼がそう判断した。
「俺はこれから一度山に戻る…」
「老師にお伝えせねばなるまい…」
紅牙がそう言って背を向けた。
「真魚にもよろしく言っておいてくれ…」
「また会うことになるだろう…」
紅牙はそう言うと、森の中に消えた。
「さて…」
「うちらは最後の島を見に行くとするか…」
後鬼が前鬼に言った。
「一番怪しいと言えば、怪しいがのう…」
前鬼がそう言って笑う。
「紅牙の奴…」
「手柄をうちらに残しておいたのか…」
「それとも…ただの水嫌いか…」
後鬼が、紅牙の消えた森を見て言う。
「どっちも…ということもある…」
前鬼がそう言って跳んだ。
「うちもそう思う…」
後鬼もその後に続いた。
次回へ続く…