空の宇珠 海の渦 第九話 魂の鼓動 その九
「そういうことか…」
真魚が笑みを浮かべてそう言った。
気がつくと…
拳大の黒い塊が大きくなっている。
それは揺らぎながら…
あっという間に、人の大きさぐらいになった。
「あいつは馬鹿か…」
「あれを誰がどうやって始末するのだ!」
嵐がうれしそうに言った。
「闇を操る男か…」
真魚の目は真剣だが、口元は笑っている。
「どうやら、奴と出会った場所が悪かった様だな…」
真魚がそう言って、山の民の男の前に出た。
「お主は誰だ!」
男は、突然現れた真魚に驚いた。
「俺は佐伯真魚だ…」
「佐伯だと…」
「お主の様なものが、どうしてこんな所にいる…」
下級の貴族でも、こんな所には絶対に来ない。
しかも、たった一人で…
男が驚くのも無理はない。
「俺のことはいい、あれに気を付けろ!」
「あれに触れると、生命でなくなる…」
真魚が男にそう言った。
生命でなくなる…
男はその時初めて、手足の震えに気がついた。
意識ではなく、先に身体が震えた。
目の前にあるもの…
それが何であるか、身体は知っていた。
それは、恐怖そのもの…
触れたらどうなるか…
それを知っている。
だが、勝手に身体が引きよせられる。
行ってみたい…
触れてみたい…
それを味わってみたい…
恐怖という甘露…
それが今、目の前にある。
「しっかりしろ!敵は己だ!」
「あっ!」
真魚の言葉で、男は目が覚めた。
「お主は、あの男の相手を頼む…」
真魚は目で合図をした。
それは、敵ではない…
真魚の意志の表れでもある。
その間にも、闇はどんどん大きくなっていく。
「嵐!」
真魚が叫ぶのと同時であった。
霊気で大気が押され、突風が巻き起こる。
その中心には、金と銀に耀く美しき獣…
真の姿の嵐があった。
「やっと飯にありつける!」
嵐がそう言うと同時に、姿が消えた。
消えたのではない…
人の目では、嵐の速さについて行けないだけだ。
そして…
闇の形が変わっていく。
嵐が闇を食べている。
「なんということだ…」
山の民の男は、口を開けたままである。
真魚は右手で棒を構え、左手で手刀印を組んでいる。
「どれだけ食べれば気が済む…」
真魚が、嵐の食いっぷりに呆れている。
だが…
決して闇から目を離さない。
その大きさを見ている。
大きさが変わらなくなれば、嵐の食事の終了である。
「青龍!!!」
真魚が叫ぶと、漆黒の棒が碧く耀いた。
その光が宇珠を巻きながら天に向かう。
そして…
碧い耀きの龍の姿に変わった。
「征け!!!」
真魚が叫ぶと、顎を広げ碧い炎を吐いた。
そのまま闇の中に、牙を食い込ませる。
闇が碧い炎で焼かれていく。
青龍の身体が碧く耀く。
身体が宇珠を巻くように動く。
そして…
少しずつ…
黒が灰色へと変わって行く。
ぎゃいぃぃん!
青い龍が顔を上げると、闇は灰となって崩れ去った。
「戻れ、青龍!」
真魚声で、漆黒の棒が一際輝いた。
その中に碧い光が戻って行った。
次回へ続く…