空の宇珠 海の渦 第九話 魂の鼓動 その五
霧が出た日は晴れる。
太陽の 光が風を運んでくる。
秋の清々しい風が、村を抜けていく。
出雲邑。
三諸山の南側にその村はあった。
壱与は畑の手入れをしていた。
畑と言っても、ただの畑ではない。
薬草の畑である。
代々、壱与の家ではそれを生業にしている。
特別な家系だと言える。
「ほら、壱与これ!」
竹で編んだ籠の中に、山の幸が入っていた。
「ありがとう、浅葱」
友達、幼なじみ…
その言葉から、二人の仲の良さが窺える。
かなり大柄な女である。
壱与はその女の肩までしかない。
だからと言って壱与が小さい訳ではない。
その時代の女性の平均ぐらいである。
そうすると、浅葱はかなり大きいと言える。
「栗、通草、山百合、大文字草…」
「うわ~山芋まである…」
そう言いながら、壱与は浅葱の顔を見上げた。
「浅葱~っ」
「あんた、また一人で山に入ったのね!」
壱与が浅葱を窘めた。
「まあ、まあ…私は大丈夫!」
「盗賊の一人や二人…」
女でありながら、腕っ節には自信がありそうである。
「それはそうと、壱与…」
そこまで言いかけて…
急に浅葱が険しい表情を見せた。
「ちょっと、小耳に挟んだんだけど…」
壱与に耳打ちをするように話す。
「村の周りにあんたの事を嗅ぎ回っている男がいるよ…」
「しかも、この辺りの男やない…」
「ちょっと身分のお高い方らしいわよ!」
それを聞いた壱与の表情が曇った。
「嗅ぎ回るもなにも…」
ふと真魚の事が頭に浮かんだが、真魚ならすぐに分かる。
嵐も一緒となると、間違うはずがなかった。
それに…
既に壱与は感じている。
真魚と嵐は近くにいる。
壱与にはそれが分かる。
しかし…
浅葱が言う怪しい男…
それには壱与は全く覚えがなかった。
「そう言う事だからさ、お気を付け下さいな…」
「じゃぁね~」
浅葱はそれを伝えると、さっさと去って言った。
「ありがとう、浅葱…」
壱与は去って行く浅葱の背中にそう言った。
いつも誰かが見守ってくれる。
壱与は浅葱の心がうれしかった。
「自分の事も大切にしてね…」
籠の中の山の恵みにそう話しかけた。
浅葱の想い…
壱与の想い…
それが一つになって耀いていた。
二上山。
かつては…ふたかみやまと呼ばれていた。
北方の雄岳と南方の雌岳。
二つの山が並んで見える。
古から神の山として崇められ、交通の要でもあった。
その雌岳の頂上近く。
木々に覆われた森の中に、それはあった。
「爺さんや…これはもしや…」
後鬼が何かを感じ取っている。
「確かに…あの時とは違う…」
前鬼も同じように感じている。
「全く…恐るべきは真魚殿か…」
「このことを言っておったのじゃな…」
後鬼は真魚の考えを理解した。
「これは…全部見ておいた方がよさそうじゃな…」
前鬼が後鬼に言う。
「これが、真魚殿の言う…」
「!!!」
その時…
「何じゃ…今のは…」
後鬼が驚いている。
「これは…急がねばなるまい…」
前鬼が後鬼に言った。
「爺さん!行くぞ!」
後鬼の姿が一瞬で消えた。
「これは、面白くなってきた…」
前鬼がその後に続いた。
次回へ続く…