空の宇珠 海の渦 第九話 魂の鼓動 その四
「さて、どうしたものかのう…」
木の上であった。
背中に笈を背負った人影が二つ。
枝に腰を掛け、考え事をしている。
白髪の交じった長い髪。
額には二つの角、口元には牙が見える。
どう見ても人ではない。
一人は女の青鬼、後鬼であった。
「真魚殿のこと、何か考えがあるのじゃろ…」
もう一人は髭を蓄えた男の赤鬼…
前鬼である。
「小角様の経塚…」
「確かに…この役はうちらしか出来ん…」
「小角様を手伝ったのは、うちらじゃからのう…」
後鬼が晴れた空を見て言った。
「しかし…」
「真魚殿は一体何をするおつもりじゃ…」
後鬼にはさっぱり分からないようである。
「真魚殿は、見てこいと言ったのじゃ…」
「場所は分かっておる…」
「とにかく…一回りするしかなかろう…」
前鬼が後鬼に言った。
「それも、そうじゃが…」
「ん!」
突然、後鬼の表情が変わった。
「まさか!」
前鬼と後鬼が同時に声を上げた。
「うちらにしかできん…」
「真魚殿はそう言うておった…」
後鬼には、何かが見えたようであった。
「確かに…儂ら以外には無理かも知れぬ…」
前鬼がそう言いなら、蓄えた口ひげを撫でた。
何かが浮かんだ時の、前鬼の癖である。
「ならば、急げじゃ!」
後鬼がそう言って、木の上から跳んだ。
「そういうことじゃな…」
前鬼がその後に続いて跳んだ。
目の前に小高い丘がある。
木々に覆われた森の丘であった。
「ここか…」
真魚は恐れもせず、森の中に分け入った。
「真魚、俺はここまでにしておく…」
嵐がそう言って、その場に寝転んだ。
子犬の姿でも、それだけ影響がある。
ここにいる存在の力…
それが大きいと言う証でもある。
真魚は更に森の奥に入っていった。
丘の頂上付近。
ぽっかりと空に向けて、木々が口を開いている。
そこから射し込む光が示す…
それが、目的の場所のようである。
「ご丁寧に…」
真魚が笑みを浮かべた。
そして…
どしっ!
突然、地面に棒を立てた。
その瞬間、大地が揺れた。
真魚は手刀印を組んで目を閉じた。
漆黒の棒が虹色に耀く。
同時に広がっていく波動。
その耀きが全てを示す。
全てがここにある…
まるで、自らの全てを見せている。
見る者が見れば…
そう見えたことだろう。
すると…
突然、目の前の地面が割れた。
光が地面を二つに切り裂いた。
気がつくと…
周りは金色の世界…
金色の光の柱が、全てを包み込んでいた。
『我を起こしたのは貴様か…』
目の前に光を纏った存在が現れた。
「さようでございます…」
真魚は珍しく、頭を下げた。
『お主の様なものが、何の用じゃ…』
『そんなことか…』
言葉ではない。
真魚の中にその声が響く。
この存在の前で、隠し事など出来ない。
全てを見抜かれている。
問いと答えが同時に存在する。
それが、その証である。
『お主の考えは、間違っておらぬ…』
それが、ここまで来た理由である。
「では、それで構わぬと…」
真魚がそう言った。
『好きにするが良い…』
『あれはそういうものだ…』
『それにしても、お主は面白い…』
『美しい神…神の法具…それに鬼か…』
真魚の全てを一瞬で見た。
そういう事になる。
『久しぶりに面白いものを見せて貰ったわ…』
『何かあれば呼べ、力になろう…』
荒ぶる神…
自らは名乗ることはない。
「では、よしなに…」
真魚がそう言った途端…
元の世界に戻っていた。
次回へ続く…