空の宇珠 海の渦 第九話 魂の鼓動 その二
「何と…美しい…」
その姿を見つめる者がいた。
若き貴族の男。
その身なりからはそう窺える。
真っ直ぐに見つめる瞳。
その瞳の奥に隠された想い。
それは、この男しか知らない。
「あれが…壱与か…」
その名は聞いたことがあった。
三諸の山の神の力…
それを意のままにする巫女がいる…
今その力を、目の前で見たような気がした。
壱与の祈りはまだ続いている。
「なぜだろう…」
男はふと、ある感覚が気になった。
今まで感じた事はない。
この感覚の向こう側に何かがある。
理由はないが、ただそう思うだけだ。
そして…
その感覚が、錯覚でないことも分かる。
どこにも理由は存在しない。
男は自らの考えを笑うしかなかった。
「この俺も…」
衝動…
何かに動かされる。
いまここにいる…
いまここにある…
男はその意味を考えていた。
「さて…これをどうしたものか…」
広い庭、大きく美しい屋敷。
庶民が手に入れられるものではない。
庭に向かった濡れ縁。
柱に背を持たせ、男がつぶやいた。
懐の中の物を、着物の上から手で押さえた。
人には絶対見せられないもの…
そう言う物である。
「これが…本物…」
男の口元に笑みが浮かんでいる。
「どうするつもりだ…佐伯真魚…」
面白くて仕方がない。
男はそんな顔をしている。
「こんな物を私に掴ませ、借りを作ったつもりか…」
王の証…
それを持つにはまだ早い。
しかし、この男にその資格がないわけではない。
いずれ王になる男…
親王…
そう呼ばれる男であった。
「お主は…どこまで見ておるのだ…」
懐のそれを握りしめた。
佐伯真魚…
その男の考える先を見ようとした。
「お主には…」
「果てがない…」
男は考えるのを諦めた。
「全く、あの空のようだ…」
そう言って、笑みを浮かべた。
次回へ続く…