空の宇珠海の渦 第八話 神の血族 その五十六
陽が昇り、義沙が去っていく。
王の証を届けに、都に向かった。
それは、自らの誇りでもあった。
昴はその姿を見送っていた。
舞衣が昴に寄り添って立っていた。
「あれが、本当の義沙よね…」
舞衣が昴に言った。
「少しだけ、憧れていた…」
「え~っ!」
舞衣の思いがけない言葉に、昴が驚いた。
「子供の頃の話よ…」
「こう言う事には…昔から鈍いのよね…昴は…」
舞衣が笑みを浮かべていた。
「昔から、年上好みだったんだ…」
昴が、遠くを見ながら笑った。
「何のことよ…」
舞衣が頬を赤らめた。
「目覚めたのかな…」
「私、わかっちゃった…」
「わかるって、こういうことなのね…」
「理由なんてないのよ…」
昴の心にもそれは存在した。
「昴、阿瑠が目覚めたぞ…」
背中で、後鬼の声が聞こえた。
「本当!」
昴は急いで、阿瑠の元に向かった。
「あらら…」
「目覚めちゃったのね…」
その姿に舞衣が呆れていた。
「阿瑠はもう心配ない…」
「うちらも、ぼちぼち出かけることにする…」
後鬼が舞衣と目を合わし、笑った。
その後ろに、前鬼も立っていた。
背中には笈を背負っている。
「困った事があったら呼ぶがいい…」
「うちらは人と違って長生きできる…」
舞衣に宿った力は、そういう力である。
「どうやって…」
舞衣にはその方法が分からない。
「思いを込めて、飛ばせ…」
後鬼はそっと、舞衣の手に触れた。
「お主の力でな…」
後鬼の言葉が、舞衣を導いた。
「ありがとう…ございます」
舞衣が後鬼に頭を下げ、礼を言った。
共に生きる者が存在する。
舞衣には有り難い言葉であった。
「なんでも…一人で背負い込む…」
「真魚殿と似ておるな…お主…」
「そ、それは…」
舞衣の頬が赤らんだ。
それを確かめた後鬼が、微笑んだ。
「死を見届けるのは、悲しい事じゃ…」
後鬼はそれを体験してきた。
その事を舞衣に伝えたかったようだ。
「はい…」
その返事は、舞衣の決意でもあった。
これから舞衣はそれを体験して行くだろう。
「阿瑠、大じょう…」
「あっ…」
昴が思わず目をそらした。
そして、頬を赤らめた。
阿瑠の背中が見えた。
座ったまま、上半身が裸であった。
「昴、凄いぞ!」
「傷がほとんど塞がっている、痛みも無い!」
阿瑠がその回復力に驚いていた。
それは勿論、後鬼のおかげだ。
「ほら、昴!」
阿瑠が昴に背中を見せた。
見ないわけにはいかない。
昴の頬は真っ赤になった。
「ほ、ほんとね…」
「分かったから…着物…」
昴はすぐに視線を外した。
「俺は決めたぞ、昴!」
阿瑠が突然言った。
「何を…決めたの…?」
昴は阿瑠と目が合った。
「俺はここに残る…」
阿瑠が昴に言った。
「残るって…」
『阿瑠の事は昴に任す…』
義沙の言葉を思い出した。
「こういうことなの…」
昴の心が弾んだ。
そう理由はもう分かっている。
阿瑠と一緒にいたい。
そう願っていたからだ。
阿瑠の側で、ずっと願っていたからだ。
「村のみんなに…どう言えば…」
昴がつぶやいた。
心の方向は、決まっていた。
「美鷺と舞衣以外は、知らぬではないか…」
その声が、足下から聞こえた。
嵐が昴を見上げていた。
「嵐…様…」
「もう様はいらぬ、嵐でよい…」
ぐうううう~っ
いつもの…その音が聞こえた。
「その代わりに、飯を食わせてくれ…」
昨夜あれだけ食べたにもかかわらず、嵐は空腹らしい。
嵐の腹はどこにつながっているのだろう。
昴はそんな事を考えていた。
「阿瑠が黒き者だと言う事を、村人は知らぬ…」
「誰一人な…」
いつの間にか真魚が側にいた。
「佐伯様…」
「着物は誰かのが残っているだろう…」
真魚がそう言って笑った。
「ええ、父のも探せばあるはずです!」
昴の喜びの波動が広がっていく。
「よそ者を、受け入れて貰えるかな…」
阿瑠が不安げに昴を見た。
「何言っているの、残ると言ったのはあなたでしょ!」
昴が阿瑠の後押しをする。
「これが、未来の姿か…」
美鷺がにやりと笑みを浮かべた。
既に、その姿が見えているようだ。
「前鬼様と後鬼様が、出かけるそうよ…」
舞衣が皆の前に現れた。
「礼を言わねばならぬな」
阿瑠が慌てて立ち上がった。
「生まれ変わったみたいだ…」
阿瑠はそう感じていた。
それは錯覚ではない。
後鬼の理水の力がそうさせた。
短い間に、細胞全てが入れ替わっているはずだ。
「うれしそうね…昴…」
舞衣が昴に言った。
「かけがえのないものって…」
「突然…来るのね…」
昴が微笑んだ。
「感じる心が無ければ…」
「それも…素通りするだけだ…」
真魚がそう言って、微笑んだ。
続く…