空の宇珠海の渦 第八話 神の血族 その五十四
光の中心は式盤に向かっていた。
全ての光が宇珠を巻き、集まってくる。
式盤の耀きに辺りは照らされていた。
「これはこれで…面白いのう…」
後鬼が、感動していた。
「儂も初めて見ることじゃが、非常に興味深い…」
前鬼の知識の灯りの中にも、その現象は刻まれていない。
一瞬、月が闇に包まれた。
時間を繋ぎ直すかの様に、光と闇が交錯した。
それは、ほんの一瞬であった。
同時に静寂が訪れた。
次に耀きを取り戻した時…
普段の月夜に戻っていた。
「終わったのか…」
皆がそう思ったはずだ。
その時であった。
がさっ!
草が動く音がした。
がるるるるぅ~
低い唸り声。
闇の底に黒い影が見えた。
「かえせ…ち…」
その影が、何かを言った。
突然、その影が動いた。
速い。
人の速さではない。
「昴、危ない!」
「きゃっ!」
阿瑠は咄嗟に昴を庇った。
阿瑠は昴を抱え、地面に倒れ込んだ。
「う…」
「大丈夫か…昴…」
昴の顔の前に、阿瑠の微笑みがあった。
「阿瑠!どうしたの!」
昴が叫んだ。
何が起きたのか、よく分からない。
「ああ…」
月明かりに照らされ、初めて気付いた。
昴の手が赤く染まっていた。
昴の叫びで、皆は気付いた。
高き波動が、その感覚を鈍らせた。
がるるるるぅ~
刀を持った一人の男。
「火吟!」
義沙が、その姿を認めた。
「神の…血…」
「かえせ…神の血…」
男はそう言っている。
「この男…正気ではないぞ…」
「何かに、取り憑かれておる…」
前鬼が、男の状態を見抜いていた。
「あれを…見たからか…」
義沙は火吟の変わり果てた姿に、
自らを投影していた。
昴が止めてくれなければ…
どうなっていたか分からない。
「火吟…」
義沙は、その姿に悲しみを覚えた。
「もう…戻れぬのなら…俺が送ってやる…」
義沙が、携えていた刀を抜いた。
「止めておけ…」
真魚が言った。
「お主には、勝てぬ…」
真魚が、火吟の技量を見抜いていた。
「取り憑かれた者は、人の力を超える…」
人ではない人。
真魚は何度か目にしている。
「これは、私の仕事…」
舞衣が、音もたてず前に出た。
既にその身体が耀いている。
「この男…送ってもいい?」
その答えは聞かなかった。
火吟のなれの果てが、先に動いたからだ。
舞衣はするりと身体を交わし、男の後ろに回った。
そして、背後から、その首筋に手を触れた。
かちん!
刀が地面に落ちた。
火吟の身体は、どこにも無かった。
そこには、着物だけが残されていた。
舞衣の美しさが、冥土の土産となった。
舞衣の身体が耀いている。
それは、舞衣の真の姿であった。
「あれは…舞衣の仕業だったのか…」
「ほれぼれするな…」
義沙がため息をついた。
舞衣のその姿に、心を奪われた。
非情の中にある、慈悲の心。
美しさと悲しみが同時にある。
それは、舞衣の姿そのものと言えた。
「阿瑠!しっかりして!」
昴の声が響いた。
「大丈夫じゃ…」
「うちを誰だと思っておる…」
後鬼がすぐに阿瑠の傷を診ていた。
「だって…」
昴の手についた阿瑠の血。
その色が、昴を不安に導いていた。
「何を怯えておる…」
「阿瑠を失うことか…」
後鬼が、微笑んで昴を見た。
「えっ…」
昴は、無意識に胸を押さえた。
後鬼の言葉で、胸が高鳴った。
どきどきする…
「失うのが…」
「怖い…?」
昴は自らに問いかけた。
胸の鼓動が、その答えであった。
「知らなかったの…」
その声が、昴に届いた。
舞衣が、昴を見て笑っていた。
「どうして?」
昴が舞衣に聞いた。
自分のことを、舞衣が先に知っている。
昴にはそれが理解出来なかった。
「その手に書いてあるわよ…」
それは、舞衣が言った出任せの言葉だ。
「何!これ!」
昴は自らの手に、引き寄せられた。
「何のこと?」
出任せを言った舞衣が、逆に驚いていた。
「これ…」
昴が手の平を舞衣に見せた。
「ほう…」
「その星は…」
真魚と、前鬼が同時に声を上げた。
こびりついた阿瑠の血。
昴の手に、その文様を浮かび上がらせた。
二つの三角が重なっている様に見える。
「神の…血か…」
「ばあさん…の言う通りだ…」
義沙が、祖母の言葉を思い出し驚いていた。
そして、王の証を手に取った。
「これと同じ星だ…」
義沙がそれを皆に見せた。
だが、昴にはどうでもよかった。
阿瑠が気になって、仕方が無い。
「だから、どうなの?」
気付いてしまった心は、もう止まらない。
「こっちが…聞きたいわ!」
舞衣が呆れて、言い返した。
続く…