空の宇珠海の渦 第八話 神の血族 その五十二
「何が起きたのですか…」
「胸がどきどきする…」
美鷺が波動を感じ、震えていた。
全てが消えた。
だが、そうではない。
消えたのは片方である。
「さすがは真魚殿じゃ…」
後鬼が笑みを浮かべた。
「皆は大丈夫なのですか…」
美鷺が、心配している。
「心配は無用じゃ…」
「じきに帰って来るじゃろ…」
後鬼は、その波動を感じている。
「それは、それで良いのだが…」
前鬼には別の不安があった。
「何じゃ…爺さん」
「いつまで…続くのかと…」
帝がこれで諦めるとは思えない。
前鬼の心配はそこにあった。
「その心配は無用です…」
美鷺が笑みを浮かべている。
「今夜さえ乗りきれば…」
「奴等とて…もう手出しが出来ませぬ…」
美鷺はそう言った。
「なるほど…そうなるか…」
後鬼が考えている。
「確かに…そうなるな…」
前鬼が頷いていた。
「これを…どう説明すればいい…」
闇が消えた痕。
黒い屍が森に続いている。
「一人、逃げたようだが…」
阿瑠はそれを見ていた。
「ここには帰ってはこない…」
昴はそれを感じていた。
「これを…渡しておく…」
阿瑠が義沙にそれを渡した。
「これが…王の証か…」
手の平の上の石の塊。
向き合う獣と不思議な文様。
「星か…」
「この獣は…あれに似ているな…」
金と銀の耀きを放つ、美しい獣。
描かれた獣は、本来の嵐の姿に似ている。
「どうするかは、お主に任せる…」
阿瑠は義沙に言った。
「戻らぬのか…」
義沙が、阿瑠の心を感じていた。
「あれを、見たのだ…」
「もう、戻れぬ…」
真の恐怖。
この世の地獄。
阿瑠は、自らの道を見失っていた。
「俺は死んだと、伝えてくれ…」
阿瑠は、義沙にそう言った。
「義沙はどうするの…」
舞衣は、義沙のこれからを案じていた。
「これを持って帰らぬとな…」
義沙がそれを懐に入れた。
「それは…いいのだが…」
「これを…どう説明するのかが分からぬ…」
王の証を持って帰ったとしても…
隊はほぼ全滅、生き残りは二人。
そのうちの一人は行方不明。
村人も行方知れずだ。
帝がそれをどう判断するか…
義沙はそれを考えていた。
「田村麻呂が全てを知っている…」
真魚が口を挟んだ。
「坂上田村麻呂殿か…」
義沙は、意外な名前に驚いた。
「佐伯真魚という男に会った…そう言えばわかる…」
「何者なのだ…お主…」
「そうそう会えるお方ではないのだぞ…」
義沙は、真魚の言葉に驚いていた。
ただの貴族が、気易く口に出せる名前では無い。
だが、その言葉からは、近しい間柄が窺える。
「田村麻呂とは蝦夷で出逢った…」
「それだけだ…」
真魚の微笑…
その半分は、嘘であった。
続く…