空の宇珠海の渦 第八話 神の血族 その五十
「嵐!」
真魚の叫びと同時に、その身体が耀いた。
突風が吹いた。
解放された霊力に、大気が押された。
昴達は咄嗟に、着物で目を庇った。
足を踏ん張り、風に耐えた。
目を開けると、そこに…
金と銀に耀く、美しい獣が立っていた。
「ようやく…飯か…」
嵐がそう言うと、姿が消えた。
昴の目には、速すぎて見えなかった。
真魚が手刀印で空を斬り、棒を構えた。
「玄武!」
棒が白く耀き、光が膜のように広がった。
その光が宙に舞い、昴達を覆った。
光の膜は半球状になり、昴達を包み込んでいた。
「そこから一歩も出るな!」
真魚はそう言い残すと、前に走った。
「逃げろ!」
前にいる、義沙に向かって言った。
義沙の後ろから、黒い触手が伸びてきた。
真魚の棒が、灼熱の赤に変わる。
灼熱の棒が、黒い触手を切り裂く。
光が奔り、切り裂いた触手が消えた。
それは、美しき獣の仕業だ。
「なんだ!」
義沙は、その光に目が眩んだ。
既に、火吟の姿はない。
必死に逃げながら、安全な場を探していた。
「昴達か…」
ふと、前を見ると、光の盾が見えた。
義沙は無意識に、昴達の後ろに回った。
「何だ…あれは…」
距離をとって、初めて見えた。
蠢く巨大な黒塊。
それが揺れている。
不自然に、世界が揺れている。
そして、義沙は気付く。
世界が揺れている理由を…
世界では無い…
自らの身体の変化。
がくがくと震えているのは、自分であった。
しかも、震えているのは身体だけでは無い。
心も震えていた。
黒き低い波動。
真の恐怖という甘露。
それを感じ、心が震え、揺れていた。
見てみたい…
食べてみたい…
触れてみたい…
その香りに埋もれたい…
抱かれ、溶け合いたい…
だが、そうすればどうなるかも分かっている。
しかし、湧き上がる感情に、抗えない。
感覚の全てが求めている。
一歩、二歩…
義沙は、闇に向かって歩き始めた。
「駄目!」
その声が、三歩目をとめた。
「昴…」
昴の手が、光の中から義沙の腕を掴んでいた。
そして、その中に義沙を引き入れようとした。
「どうして…」
だが、義沙の身体は、光に弾かれた。
突然、別の耀く手が伸びてきた。
義沙の腕を、その手が掴んだ。
二つの想いが、義沙を光の中に引き入れた。
「妙な真似をすると、私が許さない…」
舞衣の手が、義沙の腕を掴んでいた。
昴と舞衣の想い…
そして、古の力…
光の盾が、それを受け入れたようだ。
「どうして…俺を…」
「俺は…裏切ったのだぞ…」
義沙が、昴を呆然と見ていた。
「話は後、今は生き残ること…」
昴は、義沙に言った。
「奴は…誰だ…」
義沙は真魚を見ていた。
驚きと共に、湧き上がるものがあった。
あのようなものと互角に戦える。
「だが…奴は…」
そんな者など存在するはずが無い。
その事実を受け入れることを…
義沙の心は拒んでいた。
「奴は…」
「奴は…神なのか…」
義沙は真魚の姿を見て、心が震えていた。
続く…