空の宇珠海の渦 第八話 神の血族 その四十二
「ぼちぼち出かけねばならぬ…」
大地の波動が高まっている。
その日の夜が満月である。
結局、美鷺が昴達と行くことになった。
お珠が皆を、謎の式盤の前に集めた。
「そうそう、昴…」
「大切な物を忘れておった…」
お珠が懐からそれを出した。
「これは…」
昴は初めて見る。
だが、それが何かを知っていた。
お珠がそれを昴の手に握らせる。
そして、自らの手で包み込んだ。
「こんな…大切な物…」
王の証。
神の末裔である証である。
向き合う二頭の獣と異国の文様。
この国のもので無い事は確かである。
「それは、ただの物じゃ…」
「本当に必要なものは、他にあるじゃろ…」
お珠が、昴の目を見て言った。
「お婆ちゃん…」
昴の瞳に映るお珠の姿。
それが、揺れている。
「佐伯様も、嵐様もついてなさる…」
「こんな有り難いことはないぞ…」
お珠が昴を見て微笑んだ。
「うん…」
昴が目を閉じると、光がこぼれた。
「心配するだけ無駄じゃ!」
その光を、子犬の嵐が足下で見ていた。
「美鷺婆、本当に大丈夫なの?」
「村まで大分あるわよ…」
舞衣が、美鷺の身体を心配している。
「舞衣、まだまだじゃのう…」
「今、こちらとあちらは繋がっておる…」
美鷺はそう言って、謎の式盤を見た。
「それで、ここなの!」
「おかしいと思ったのよ…」
昴がその事に気付いた。
「ひょっとして…すぐに行けるの?」
「そう言う事になるな…」
昴の問いに、真魚が答えた。
「でも、美鷺婆はどうしてその事を知っているの?」
昴の疑問は他にもあった。
「昔、一度だけ試したことがある…」
美鷺は皆を見た。
「ここにいる連中とな…」
お珠が後に続いた。
「昔はあれに文字など書いてなかった…」
「●やら▲の印だけじゃ…」
お珠が、懐かしそうに謎の式盤を見ている。
「文字は、儂らが後で付け足したものじゃ…」
「場所も今と同じではない…」
「片方は滝の洞窟にあった…」
お珠が皆に説明する。
その場所が別な場所であることは間違い無い。
今はその形が変わっただけだ。
「子供の儂らが見つけ、こっそりと遊んでおった」
「勿論、内緒の話だ…」
乙瑠のその思い出は、楽しげであった。
「お主ら以外と大胆じゃのう…」
嵐が呆れていた。
「曲がりなりにも…」
「使えるようになったのは、美鷺と朱鷺のおかげじゃ…」
「それで、言い伝えの意味が、わかったようなものじゃ…」
子供達の好奇心、無邪気な心。
その心に神は伝えたのだ。
「それがあったからこそ…舞衣の命も繋ぐことができた…」
「それが良かったのかは、分からぬが…」
乙瑠が目を伏せた。
「私は良かったと思っている…」
「皆でこの時を乗り越えて行ける…」
舞衣は一瞬、真魚と目が合った。
そして、すぐに目を外した。
「お前にそう言われると、切ない…」
乙瑠が涙ぐんだ。
「ぼちぼち行かぬと、日が暮れるぞ…」
真魚は何かを感じていた。
「どうすればいいの?」
舞衣が美鷺に聞いた。
「あれに、手を当てて念じるのじゃ…」
「ただ、それだけじゃ…」
「簡単なものじゃ…」
美鷺が笑って答えた。
舞衣が謎の式盤の上に手を置いた。
目を瞑ると光が溢れ出した。
その光が皆を包んでいく。
「行かぬものは下がれ…」
お珠達が退いた。
光が消えた後には、謎の式盤だけが残されていた。
「後は頼んだぞ…昴、舞衣…」
お珠と乙瑠は二人の孫に全てを委ねていた。
続く…