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空の宇珠 海の渦 第四話 その一





挿絵(By みてみん)



地上は闇であった。

 

 

光が去った地上。

 

 

葛城山(かつらぎさん)

 

 

闇そのものが支配していた。

 

 

浄化の時がゆっくりと過ぎていく。

 

 

星が輝いていた。

 

 

満天の星。

 

 

その中で一際輝く星があった。

 

 

金星である。

 

 

見える星々の中で一番明るい。

 

 

この男はこの星を一度飲み込んだ。

 

 

それすら忘れているかの様な寝顔であった。

 

 

すぐ側で子犬の(らん)が丸くなって寝ていた。

 

 


虚空蔵菩薩求聞持法(こくぞうぼさつぐもんじほう)

 

 

通りすがりの沙門が、この男に伝授した法である。

 

 

果てしない旅はこの体験から始まった。

 

 

この法から始まったのだ。

 

 

決して偶然ではない。

 

 

これは必然である。

 

 

通りすがりではない。

 

 

待っていたのだ。

 

 

だが、今はまだ始まりに過ぎない。

 

 

満天の星。

 

 

明るく輝く金星。

 

 

これがこの男の原点であり、導であるのかも知れない。 




 


 

秋の終わり、季節は冬へと向かい始めた。

 

 

真魚はここで独自の修行をしていた。

 

 

金峯山を下りてから吉野川、紀ノ川を伝って丹生一族に会いに行った。

 

 

そこで大怪我を負うものの、丹生津姫に助けられた。

 

 

丹生一族の守護神である丹生津姫が一族との約定を果たしてくれた。

 

 

そして、また(やまと)の国に戻ってきたのである。

 

 

膨大な書物に触れ、試さなければならないことが増えた。

 

 

それが理由である。

 

 

体験が全ての礎となる。

 

 

真魚はそう感じていた。

 

 

虚空蔵菩薩求聞持法によりエネルギー体験をし、ここから真魚の旅は始まった。

 

 


「知っている」という知識は、「出来る」ということではない。

 

 

その意味を真魚は噛みしめていた。

 

 

真魚にとっては「出来る」ということだけが、意味を持っている。

 

 

出来ないものは、真魚にとっては無いも同じなのだ。

 

 

ここでそれを確かめていたのであった。


 

 

静かな夜であった。

 

 

秋の終わり。

 

 

野宿するには厳しい季節である。

 

 

だが、真魚達は岩陰に布きれ一枚で休んでいた。

 


 

その布の金色が、闇に溶け込んでいること意外は、



何もない夜であった。


  

 

異変に気づいたのは、嵐の方が早かった。

 

 

微かに風が吹いていた。

 

 

その風に乗って、臭いが運ばれてきたからだ。

 

 


気配や霊気などであればこの男、佐伯真魚にも感じ取れたであろう。

 

 

だが、臭いとなれば別だ。

 

 

子犬の姿と言えど、(らん)には敵わない。

 

 

「おい、真魚、起きろ」

 

 

嵐は言葉ではなく意志で伝えた。

 

 

嵐と真魚の回路は嵐の覚醒の時に繋がっている。

 

 

一度波長が合えば次からは簡単に合わせる事が出来るのである。

 

 

 

「何だ」

 

 

真魚が返事をする。

 

 

 

「臭いがする」

 


「しかも、これは相当にやばい!」

 

 

嵐が言った。

 


 

真魚は気配を探る。

 


 

「ほう」

 

 

思わず真魚は言葉にしてしまった。

 

 

近い。

 

 

直ぐ側まで来ている。

 

 

この距離になれば、真魚も気配でそれが何であるのかはわかる。

 

 

微かに草がこすれるような音がする。

 

 

そのものが動くとき、周りの草木に躰が触れている。

 

 


嵐は真魚の足下にいた。

 

 

真魚は既に棒を握っていた。

 

 

そして、静かに呪を唱えながら、嵐の背中を叩いた。

 

 

嵐の目が金色に輝いた。

 

 

闇の中でそれは異彩な輝きを放つ。

 

 

それと同時に躰が輝き出す。

 

 

今度は銀色に。

 

 

膨れあがるエネルギー。

 

 

その力に押される様にして嵐の躰が膨れあがる。

 

 

輝きが闇を照らす。

 

 

そのものにはこちらが見えているはずだ。

 

 

だが、手を出しては来ない。

 

 

嵐の躰が真魚の背丈と同じほどになった。 

 

 

だんだんと闇が戻ってきた。

 

 

 

「お前、少し大きくなったか?」

 

 

真魚が嵐に言った。

 


 

「そうか」

 

 

嵐が返す。

 

 

だが、二人とも闇の向こうに潜むものから意識を外すことはない。

 


 

「二対一か…」

 

 

真魚が気配を探る。

 


 

「おかしいとは思わぬか?」

 

 

嵐が突然、真魚に言った。

 


 

「確かにな…奴には敵意がない」

 

 

既に真魚は嵐の問いかけの意味を感じ取っていた。

 

 

暫くの間、どちらも動かなかった。

 

 

いや、動けなかったと言う方が正しい。

 

 

敵意がない者の、その目的がわからぬ限り手出しは出来ない。

 


 

「手強い」

 

 

嵐が言った。

 


 

「そのようだな」

 

 

真魚がさらりと返す。

 




挿絵(By みてみん)




 

この男には恐れや不安が全く感じられない。

 

 

それどころか口元には微笑みさえ浮かべている。

 

 

楽しんでいる。

 

 

そうとしか思えない。

 

 

それがこの男、佐伯真魚なのだ。

 

 


 

先に動いたのは真魚であった。

 

 

いつの間にか、その手に五鈷鈴(ごこりん)が握られていた。

 

 

「何だそれは?」

 

 

嵐が真魚に聞いた。

 


 

「見ればわかるだろう、ただの鈴だ」

 

 

真魚がその事実だけを言った。

 


 

「ただの鈴をお主が持つわけがなかろう」

 

 

嵐はその訳を知りたい。

 


 

「これはこういうものだ」

 

 

そう言うと真魚は五鈷鈴を鳴らした。

 


 

リー~ン

 


 

暗闇に美しい音色が響く。

 

 

水の波紋の様に、波動が広がっていく。

 

 

「!」

 

 

嵐は息を飲んだ。

 

 

真魚の言葉の意味を感じていた。

 

 

 

「ほう」

 

 

真魚は思わず言葉にした。

 

 

 

音の波は何かにぶつかれば乱れる。

 

 

だがそれだけでは波長は変わらない。

 

 

乱れる事実が発生すれば、それは別の存在を意味する。

 

 

だがそれがない。

 

 

実際に嵐の発する波動は、五鈷鈴の音色を乱していた。

 

 

だが、恐ろしい事に、真魚自身は完全に五鈷鈴と一体化していた。

 

 

 

『お主が神の結界の中に入って行けた訳が今わかったわ…』

 

 

嵐は心の中で真魚の恐ろしさを感じていた。


 

真魚は棒を地面に立てた。

 

 

今度は五鈷鈴の縁を棒にこすりながら動かした。

 

 

 

ボワ~~~~ン

 

 

音色が変わった。

 

 

だが、変わったと言うだけではない。

 

 

力が増した。

 

 

霊力、理力が加わったと言うべきか。

 

 

その音色は音であり、理であり、力であった。

 

 

辺りが音色に包まれると同時に清浄な空間と場が作られていく。


 

その時、そのものが動いた。

 

 

正確には、離れたと言う方が正しいのかも知れない。

 

 

そのものは、少しずつ距離を取り始めたのだ。

 

 

真魚と嵐は動かなかった。

 

 

やがて、そのものは気配を消し去った。

 

 

 

「鮮やかな引き際だ」

 

 

嵐は真魚に言った。

 


 

「それだけか?」


 

真魚は嵐に何かを問い詰めた。

 


 「…」

 

嵐は答えなかった。

 


 

「まあ、よい」

 


「これだけでは終わるまい」

 

 

真魚はそう言った。

 

 

嵐には感じているものがあった。

 

 

その事実が心にひっかかっていた。

 

 

認めたくない事実。

 

 

闇の向こうを嵐は見つめていた。





 

翌朝、真魚が目を覚ましたときには嵐の姿はなかった。

 

 

あの出来事の後、何事もなかったかのように再び眠りに就いた。

 

 

嵐の様子がおかしいことには気がついていた。 


 

ただ、子犬のままでは何も出来まいと高を括っていた。

 

 

「嵐…」

 

 

真魚には誤算であったが、考えにない訳でもなかった。

 

 

 

「わざわざ向こうから、挨拶しに来てくれたものを…」

 

 

様子を見に来たと言うことは、関心があると言うことである。

 

 

放っておいても、何らかの接触があるだろう。

 

 

それをわざわざ出向いていく。

 

 

嵐にはそれほどの理由があると言うことになる。



 

「前鬼!後鬼!」

 

 

真魚が二人の名を呼んだ。

 


 

「なんじゃ、やはり気づいて居ったのか?」

 

 

前鬼が残念そうに言った。

 

 

その声は近くの木の上から聞こえた。

 



 

「うひゃひゃひゃ!この賭けは儂の勝ちじゃな!」

 

 

うれしそうに後鬼が言った。

 

 

二人は真魚のすぐ目の前に飛び降りてきた。

 

 

人間で言えば既に老人。

 

 

そんな二人が、難なく木の上から飛び降りて見事な着地を見せた。

 

 

真魚以外のものが見たら腰を抜かしたかも知れない。

 

 

二人とも山伏の様な格好をしていた。

 

 

背中に笈を背負っていた。

 

 

男の方が前鬼、禿頭で気むずかしそうな顔をしている。

 

 


女の方が後鬼、鋭い目をしているが、



若い頃は相当な美人であったことは間違いない。

 

 

どうやら前鬼と後鬼は…



真魚が二人の存在に気づいているか賭けていたようである。

 

 

「真魚殿は全てお見通しだな」

 

 

前鬼はわざと負けたのだ。

 


 

「ほんに!ほんに!」

 

 

後鬼はわざと勝ったのだ。

 

 

そうやって二人の関係が成り立っている。

 

 

 

「お主ら、俺で賭けをしていたのか?」

 

 

真魚はあきれたように言った。




挿絵(By みてみん)




 

 

「賭けと言っても、結果は…」

 

 

前鬼が舌を出した。

 


 

「そんなことより、お主ら昨夜の奴を見たな」

 

 

真魚が前鬼と後鬼に尋ねた。

 


 

「見ましたぞ!ものすごい霊気でしたな」

 

 

後鬼が答える。

 


 

「見覚えがあるか?」

 

 

真魚の問いは簡潔で鋭い。

 


 

「真魚殿には敵わん、もう既にわかっておられるな」


 

前鬼が答えた。

 


 

「やはりそうか!」

 

 

真魚はそう言うと珍しく考え込んだ。

 


 

「ほう、真魚殿が…」

 

 

後鬼はその表情に見とれていた。

 

 

 

「媼さんその顔は何じゃ!」

 

 

前鬼がたしなめる。

 


 

「小角様も…時折こういう切なげな表情を見せたものじゃ」

 


後鬼は、役の小角の事を思い出していた。

 

 

かつて、二人は小角に仕えていた。

 

 

縁あって今は真魚のお供をしているのであった。

 

 

 

「行くしかなさそうだな」

 

 

真魚が顔を上げてそう言った。

 

 

 

「行くってどこに行くのじゃ?」


 

後鬼が真魚に尋ねる。

 


 

「嵐の後を追う」

 

 

真魚がさらりと言う。

 

 

「わかるのですな、嵐の居場所が…」

 

 

前鬼が言った。

 


「ほら、うちの言うとおりじゃ…」



後鬼が笑っている。


 

「呆れた奴等だ…黙って行かせたのか…」

 

 

真魚は笑みを浮かべ、躰の向きを変えた。




「俺たちは繋がっている…」

 


「行けばわかる…」

 

 

その方向を真魚は見つめていた。


 


 続く…



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