空の宇珠海の渦 第八話 神の血族 その九
森はどんどん深くなっていく。
熊野の山奥。
古事記では、神武が大和国に向かう際に、
八咫烏に案内をされたと記されている。
先頭に昴。
その足下に嵐、真魚、阿瑠と続く。
「どうして、私の村に向かうの…」
昴は、不安げに真魚に聞いた。
理由も分からず村は襲われた。
昴はまだ心を痛めている。
そこには村人の亡骸が、残されたままである。
昴にとって、見たくない事実であることに違いない。
「理由があるから、命令が下ったのであろう…」
真魚は阿瑠に聞いた。
「そうだ…」
阿瑠はそれだけ答えた。
昴の痛みは、阿瑠も感じている。
だが、その事実は消えることはない。
「阿瑠に確認しておかねばならぬ事がある…」
「確認?…何だ…それは?」
阿瑠が、改まった真魚の態度を怪しんだ。
「この山の中に、後、何人いる?」
真魚は阿瑠に確かめた。
「何人?」
「仲間の事か…三人ずつ別れて八組…」
「俺以外には、二十一人と言う所か…」
阿瑠は正確に、その数を言った。
「ほう…」
真魚はその数を聞いて、笑みを浮かべた。
「何かおかしいのか?」
阿瑠が真魚の態度を気にしている。
「昴はどう感じている…」
真魚は昴に話を振った。
「あっ…」
真魚の声を聞いて、昴が立ち止まった。
「近くには…」
昴が周りを気にしている。
「人の気配が…しない…」
昴がそう答えた。
「気配など、遠くからでは分かるまい…」
阿瑠がそのことを笑っている。
「大の男三人が、か弱き乙女に手を焼いたのだぞ…」
嵐が珍しく話に割り込んだ。
「昴には…俺達の場所が見えていたのか…」
阿瑠はその事実に驚いていた。
「まあ、そういう事だ…」
真魚が笑っている。
しかも、真魚に導かれ、光に触れた。
その力は相当高まっている筈だ。
「臭いは、するが…」
嵐が鼻を立てている。
その場所を通れば、何らかの臭いは残る。
人には無理だが、嵐の鼻なら捉えられる。
「命令は絶対だ、手を引くことはない…」
阿瑠がそう言って、考え込んだ。
「あっ!」
昴が何かに気付いた。
「あっち…」
昴が指さした。
「阿瑠、頼む!」
真魚が阿瑠に目で合図をした。
阿瑠が先頭に立った。
駆け足で、その方向に向かう。
「あれは!」
阿瑠が何かを見つけた。
黒い物が地面に横たわっている。
見慣れた着物。
膝をつき、それに触れた。
だが、あるのは着物だけであった。
蛇の抜け殻のように、着物だけがそこにあった。
「どういうことだ…」
阿瑠は真魚の顔を見た。
真魚は目を閉じて、何かを探っている。
「何か…いる…」
昴がその気配に気付いた。
真魚の手には、すでに五鈷鈴が握られていた。
ちりぃぃぃ~ん
真魚が一度だけ鳴らした。
その波動が、次元の膜を揺らす。
水面に広がる波紋の様に、緩やかに広がっていく。
森の木に当たりすり抜ける。
触れるものはその波動を乱す。
そして、その波動の影響を受ける。
森の中にほんのりと耀く光。
「あそこ!」
昴が指を差した。
その先に、白い人影の様なものが見える。
「幽霊か…」
阿瑠は自らの目を擦っている。
「お主に見えるのであれば、幽霊ではあるまい…」
嵐が笑ってそう言った。
「あれは…」
昴が震えている。
「生きていたの…」
目に涙を溜めている。
白い人影がこちらを見た。
そんな気がした。
「舞衣まい!」
昴が叫んだ。
だが、人影はその声を聞くと、闇に消えた。
続く…