空の宇珠海の渦 第八話 神の血族 その六
昴は、二人の話には口を挟まなかった。
その会話から、何かを掴もうとしていた。
自分が追われる理由さえも、知らなかった。
「あれっ?」
気がつくと、嵐が子犬の姿に戻っていた。
「本当に神だったのか…」
昴は、子犬の嵐を見て言った。
「何度も言っておるであろうが…」
「人の疑り深いのには呆れる…」
神は疑う事などない。
全てが見えているからだ。
「あの男も、迷っておる…」
嵐が昴に言った。
「あの男達は、私達の村を壊したのよ!」
「村人だって、殺された…」
昴の怒りと悲しみが、嵐に伝わる。
「あの男も、仲間を失ったではないか…」
目の前にある事実。
嵐の言葉が、昴を抜けて行く。
「私は許さない…」
昴は阿瑠を睨んでいる。
握りしめた手が震えている。
「ところで、それは何だ?」
嵐が、昴の持っている龍笛に興味を示した。
「これは、笛よ」
「でも、今は武器…」
「どういう事じゃ?」
昴の答えが、嵐には分からなかった。
「筒が二つ重なっていて、下をねじると穴が塞がる…」
「玉を込めれば武器になる」
昴が嵐に動かして見せた。
「なかなかのものだ…」
嵐が感心している。
「この長さでは、近づかないと当たらない…」
昴は嵐に説明した。
「笛は吹けぬのか?」
嵐が昴の感情を読み取った。
『戦いたくはない…』
愛おしげに、笛を見つめる目がそう言っている。
「少しなら…」
昴は笛を見つめている。
「聞かせて貰えぬか…」
嵐がその心に、寄り添っている。
笛の音が、昴の答えであった。
阿瑠の意識を、その笛の音が導いた。
「これは…」
阿瑠は驚いている。
「知っている…」
「この音色…」
昴が吹く笛の音が、森に響いている。
森の息吹と共に、場を創り上げている。
阿瑠はその音色に、幼き頃の自分を見ていた。
母が吹く笛の音色。
阿瑠の瞳から涙が流れていた。
「なぜだ…」
悲しいのでは無い。
自分が犯した過ちが、阿瑠の心に問いかける。
「俺は…何をしているのだ…」
母と同じ笛の音色。
それを奏でる女を、殺めていたかもしれなかった。
「美しい…」
真魚は五鈷鈴を出し、目を瞑った。
ちりりぃ~~~ん
笛の音色に、五鈷鈴が彩りを添える。
同時にそれは、次元の膜を揺らす。
森の中に場が創造される。
宇宙全体に広がっていく。
「俺は、間違っていたのか…」
阿瑠が、目を閉じている。
阿瑠の故郷はここから遠い。
その想いが、次元をまたいでいく。
今はないその世界を、阿瑠は見ていた。
ちりりぃ~~~ん
昴が気付いた。
目を閉じているはずの、その目の前。
金色の光の粒が、舞い降りている。
昴の笛の音に合わせて踊っている。
そんなふうにも見えた。
その一粒が、昴の手の甲に乗った。
「ああっ!」
その瞬間…
昴の瞳から、涙が溢れた。
昴が座り込んだまま動けなくなった。
笛を置き、手の平で顔を覆った。
その慈悲の心に触れて、
昴の悲しみが溢れてくる。
憎しみも、悲しみも、怒りも…
その慈悲の心は、受け入れてくれる。
昴の心は、慈悲の光に満たされていた。
止めどなく溢れる涙。
しばらくの間それは止まらなかった。
「ありがとう…」
昴はその心に感謝した。
「あっ…」
そして、あることに気付いた。
昴の心に、あたたかい光が灯っていた。
続く…