空の宇珠海の渦 第八話 神の血族 その五
「一時休戦だ、手を引け…」
真魚が阿瑠に言った。
「仕方あるまい…と言いたいが…」
「俺は、どうでも良くなって来た…」
阿瑠が、変わり果てた仲間の姿を見ている。
涙は見せぬが、悲しんでいる。
「ほう…」
真魚は、その言葉に興味を持った。
「あれを見たら…どうでも良くなった…」
阿瑠は、同じような言葉を二度続けた。
阿瑠の心に、闇が刻んだものは大きい。
「為す術も無かった…」
「俺に出来る事は何もなかった…」
「仲間を救うことさえ、出来なかった…」
阿瑠は置いていた刀を拾い、鞘に収めた。
「佐伯真魚とか言ったな…」
「ただの貴族ではなさそうだな…」
阿瑠は、真魚が何をしたかは分からない。
ただ、自分が負けを悟った相手。
それを倒した事に、敬意を払っている。
「お主は聞いて無かったのか…」
真魚が阿瑠に言った。
「聞いて無かった?何をだ!」
阿瑠は、真魚の意外な言葉に噛みついた。
「田村麻呂は見ているのだ…」
真魚の口から出た名前。
「本当なのか!」
阿瑠の驚き。
真魚は言葉で何かを探っていた。
「箝口令が敷かれているからな…」
真魚が笑みを浮かべた。
「もし、闇が戦う相手だとしたら…」
「お主は戦に行くか?」
真魚は阿瑠に聞いた。
「命令には…逆らえぬ…」
阿瑠はそう答えた。
だが、行きたくはない…
阿瑠の波動が、そう伝えている。
「圧倒的な数で、挑んだにもかかわらず…」
「生き残った者が、少ないとは思わぬか…」
真魚が、阿瑠に言葉を投げかけた。
その言葉が、阿瑠を導いていく。
「そう言えば…」
阿瑠は、知っていることを並べて見ていた。
「答えがそこにあるはずだ…」
真魚が阿瑠にそう言った。
「あるのか…」
「そんなことが…」
「そんな事が…起きるのか…」
阿瑠が導き出した答えは、常識を越えている。
「今、見たではないか?」
「二人であろうが、数万であろうが同じ事だ…」
その力の前に、人は余りにも無力だ。
その事実を、阿瑠も見たばかりだ。
真魚の言葉が、阿瑠の心に染みこんでいく。
「今…見た…だと…」
そして、阿瑠は…
思い浮かんだある心象に、愕然とした。
阿瑠の意識が、常識を超えた戦いを見ていた。
「では…」
「そうなるのか…」
この男の言う事が本当ならば…
「お主がそれを…」
その答えを、阿瑠は導いた。
「二人であろうが、数万であろうが同じ事だ…」
真魚は同じ言葉を、二度言った。
だが、二度目の言葉は、阿瑠の心を打ち砕いた。
「そんな…」
阿瑠は、驚きを隠せない。
嘘で固められた事実。
偽りの世界。
その中に自分がいる。
阿瑠は、その真実を知った。
「真っ直ぐな心…」
「どうやら従うべき者を、見誤ったようだな…」
「お主が感じたものだけが、真実だ…」
真魚が、阿瑠に言った。
阿瑠は呆然と、宙を見ていた。
全てを受け入れるまでには、まだ時間が必要であった。
続く…