空の宇珠 海の渦 第五話 その二十四
朝の光がまぶしい。
村の者達は既に田畑で働いていた。
空気が澄んでいる。
心地良い朝のはずだが、母礼の心は重かった。
村々を周り、戦が始まることを伝えて回ったが、
どの村もいい返事はもらえなかった。
倭は各村に対して既に手を回していたのだった。
倭のように絶対的な権力者を持たない蝦夷にとって、
それは効果的な方法であった。
このままでは数万の敵を相手に、なすすべもなくやられてしまう。
母礼は迷っていた。
「なんだ!あれは?」
草原の遙か向こう。
一筋の光が降りてきた。
その光は一度大地に降りた。
だが、しばらくするとまた天に向かって昇って行った。
何がなんだかわからぬまま、その場を見ていた。
しばらくすると向こうに人影が見えた。
二人。
ゆっくりとこちらに歩いて来た。
母礼はその影に見覚えがあった。
「あれは…」
阿弖流為と紫音であった。
「おーい!」
母礼は声を出した。
その声に気がついた小さい方が手を上げた。
それは紫音であった。
紫音が走って来る。
「母礼~~!」
たった一日だけ聞いていない声が、懐かしく感じた。
「あの声を毎日聞いていたのだな…」
母礼は今頃気がついた。
はぁはぁはぁ…
「そんなに走らなくても良かろうに…」
「あ、あのね、母礼、大地って丸いのよ!」
息が切れる。
だが、母礼に会うなり紫音はそう言った。
どうしてもこの感動を伝えたかったのだ。
「ちょっと、落ち着いてから話せ」
母礼は何のことだかさっぱり分からない。
「大きいの、すごく大きいの!」
紫音はそれでも誰かに伝えたかった。
紫音は母礼の両腕を握った。
「でも、たった一つしかないのよ」
そう言って母礼の顔を見上げた。
まだ息が切れている。
それだけ走っても伝えたい感動が、紫音の心のなかに溢れている。
「ひとつではないのか?」
母礼がそう言った。
「ちがうの!そうだけどちがうの!」
紫音は自分が伝えたい言葉が見つからない。
「まあ、そこに座れ!紫音」
母礼がそう言いながら自分も座った。
紫音はそのまま草の上に寝転んだ。
空を見上げていた。
雲が動いている。
呼吸が大地と同調していく。
母礼もつきあって寝転んだ。
二人はしばらく黙ったままであった。
「ねえ、母礼…」
先に紫音が口を開いた。
「なんだ」
「どうして人は戦なんかするんだろう?」
「分け合う事は出来ないのかな?」
紫音は母礼に尋ねた。
「大地は一つなのに…か…?」
母礼がそう付け加えた。
「私なら大好きな食べ物は、好きな人と半分ずつ食べるな」
「そっちの方が絶対、おいしい!」
紫音がそう言うと、黙って空を見ていた。
言葉は話していない。
それでも伝わる何かが存在した。
「お主ら何をしている?」
阿弖流為に声をかけられ現実に戻った。
「そういえば、真魚はどうした?」
母礼が、真魚がいない事実に気がついた。
「奴は山賊の長に会いに行った」
「何だと!」
母礼は阿弖流為の言葉を信じることが出来なかった。
「本当なのか?それは!」
もう一度、今度は紫音に聞いた。
「本当よ!真魚は誰とでも仲良くなるのよ!」
紫音は笑った。
「俺たちが、間違っていたのかも知れない…」
そう阿弖流為が言った。
「何だ二人とも、なんか前と違うぞ!」
母礼は二人の変化に気づいた。
「俺は、変わらぬぞ…」
「私も…」
二人はまだその事実に、気づいていなかった。
続く…