空の宇珠海の渦 第七話 揺れる心 その二十六
「姉上!」
眠っていた女が、急に起き上がった。
「薺様、戻られましたか」
側にいた付き人の少女に、笑顔が浮かんだ。
「姉上が…」
薺はそう言って考え込んだ。
「今、桔梗様は…お休みでは…」
「そうではない…」
少女の言葉を、薺が遮った。
「薺様…」
少女は驚いた。
薺の瞳から涙が溢れ出した。
だが、少女にはその涙の意味がわからない。
心配そうに薺の肩に手を添える。
薺は、両の手で顔を覆って泣き始めた。
「よかった…」
「本当に…よかった…」
薺の涙は止まらなかった。
「できるなら…」
「私も明慧に逢いたい…」
薺はそう言って泣いていた。
我が子のように思い、時を重ねた。
今まで…何度となく側まで行った。
だが、最後の坂は登らなかった。
その向こうに愛しい者がいる。
その波動は感じていた。
だが、桔梗の想いがそれを止めた。
「姉上…」
薺の中を、通り抜けたものがあった。
薺はそれをしっかりと受け止めた。
屋根に耳を当てていた前鬼が、その波動を感じ取った。
「おや…?」
それは、弾けるように急に膨れあがった。
「薺…だと…」
前鬼が何かに驚いている。
「この女は薺…」
前鬼がつぶやいた。
「すると…あれは、桔梗か…」
後鬼が笑みを浮かべた。
「向こうで何か起きたか…」
その繋がりを、後鬼は感じていた。
山に消えた光。
その正体を突き止めた。
「一つの身体に、御霊が二つか…」
前鬼が、その事実に気付いた。
「同時に表には出れぬ…か」
「やはり…やりおったな…」
後鬼が笑っている。
二人の考えは間違っていなかった。
「あれをか…」
前鬼の知識の灯。
その中に、それは存在する。
「だが、未熟な者が扱えるものではない…」
後鬼がそう言った。
「確かに…理を曲げるのだからのう…」
前鬼が、顎に手を当てて考えている。
「未熟ゆえに…招いてしまった結果…」
「…ということなのか…」
前鬼は、薺の霊力をそう見ていた。
「一夜を明かすまでもない…」
「間違いないじゃろ…」
後鬼はすでに、全てをその手に掴んでいた。
続く…