空の宇珠海の渦 第七話 揺れる心 その二十一
付き人が、桔梗と呼ばれる女を囲んでいる。
女は起き上がろうとした。
「もう、大丈夫です…」
女はそう言って、笑みを浮かべた。
だが、顔色は良くない。
「少しお休みになった方が…」
付き人の少女が声をかけた。
「ええ、そうします…」
女は素直にその言葉を受け入れた。
「このところ、ずっとですよ…」
別の女が声をかけた。
怒っているのではない。
女の身体を心配しているのだ。
「もう少しなのです…」
「私達の…願いが叶いそうなのです…」
桔梗と呼ばれた女が、遠くの何かを見ていた。
「これは…もしかしたら…」
屋敷の屋根の上で、後鬼が考えている。
「何か浮かんだのか…」
前鬼は、耳を当て聞き耳を立てている。
「身体は一つだけか…」
前鬼は正確な位置を、耳だけで把握していた。
「身体が…ひとつだとすると…」
前鬼が、考え込んだ。
「中身が入れ替わったか…」
「心が二つに分かれたか…」
後鬼がつぶやいた。
後鬼の記憶の中にある事実。
それは、前鬼の中にも存在する。
「他にあるとすれば…」
後鬼が前鬼を見た。
「もしや、あれか…」
前鬼がその考えに気がついた。
「ここは、布留のお宮のお膝元…」
後鬼がそう言った。
「まさか…」
「あるのか…」
前鬼の知識の灯。
その灯の中には、膨大な過去の知識が眠っている。
それが、ある答えを導き出した。
「だが、それが…成立するのか…」
前鬼が、更に深く考え込んだ。
「あの女の消耗をどう考える…」
後鬼が女の身体を案じている。
「生み出した生命を、何かに吸われているようじゃ…」
「しかも、それが追いついていない…」
後鬼はそう考えている。
「有り得ない何かが、起きている…」
「いや、起こしている…」
前鬼が、その事実に気付いた。
「そう考える方が…」
「すんなり行くのではないか…」
後鬼がそう言って笑みを浮かべている。
「これが、初めての例かも知れぬぞ…」
そうなれば、知識の灯では見つけられない。
偶然が必然であったとしても…
人は、その偶然の中に奇蹟を願うものだ。
「そう考えるのも…悪くは無い…」
前鬼は指で頬を掻いた。
「だが、あと一つ、見えぬものがある…」
後鬼がその事に触れた。
「御霊か…」
前鬼は、既にその事に気付いていた。
あれほどの生命の消耗は、それ以外に考えられない。
「恐らく、真魚殿は気付いておるじゃろ…」
後鬼にも、考えがあるようであった。
「その想いは…溢れておるからなぁ…」
後鬼は目の端で、遠ざかる光を見つめていた。
続く…