空の宇珠海の渦 第七話 揺れる心 その十八
「どうした…お主は動かぬのか…」
真魚は昼を過ぎても動こうとしない。
退屈になったのか嵐が声をかけた。
「あの言い伝えが本当なら、焦ることは無い…」
真魚柱に背をもたせかけ、外を見ている。
「見当が付いたと言う事か…」
嵐はそう受け取った。
宿坊には真魚と嵐しかいない。
「乗りかけた船だ…」
真魚が続けてそう言った。
「また、女のことか…」
嵐が呆れている。
「そういえば…気配がしておったのう…」
嵐が何かに気付いていた。
「姿は見せられぬが、気になるということだろう…」
「それに、あの女…かなり弱っている…」
「歩くのさえ辛いはずだ…」
真魚はそれを感じ取っていた。
「普通の状態ではないな…」
「生命を何かに吸われているのか…」
嵐がつぶやいた。
「前鬼と後鬼が、あの女の後をつけている…」
「それが分かれば…」
真魚が考えていた。
明慧…
慧鎮…
あの女…
慧鎮は明慧の母を知っていた。
だが、その母も、既にこの世にはいない。
愛おしげに見つめる、あの女の目…
それは、愛情以外の何ものでもない。
「道糸が見えぬ…」
真魚は絡まった糸を見つめている。
「何処かにその糸があるはずだ…」
「あの女の目が、そう言っている…」
真魚は笑みを浮かべていた。
前鬼と後鬼が、屋根に登ると直ぐに動きがあった。
「桔梗様!桔梗様!」
下から叫び声が聞こえた。
「あの女が、倒れおったか…」
「桔梗と言うのか…あの女…」
前鬼が屋根に耳を当てている。
「ああ、良かった…」
安堵の声が聞こえた。
「大事に至らなかったようじゃのう…」
後鬼が笑っている。
「いつ倒れるかと…思っておったが…」
後鬼は、人の身体を観る事が出来る。
既に女の体調は理解していたようだ。
「何じゃ…これは…」
前鬼が怪訝な表情を見せた。
「どうしたのじゃ…」
後鬼が気になって前鬼に聞いた。
「人が入れ替わった…のか?」
前鬼が妙な事実を感じ取った。
「なんのことだ!」
後鬼が驚いて、同じように屋根に耳を付けた。
耳で音を感じ、手で波動を感じ取っている。
前鬼と後鬼ほどの力があれば、見るより正確に物事を測れる。
「別の…者か…」
後鬼が驚いている。
その者が放つ波動さえも、違って感じた。
「似て…いる…」
前鬼が、ある事を思い出していた。
「心が揺れずして、波動が放たれることは無い…」
後鬼がつぶやいた。
怒りや、悲しみ、感動…
心が動き感情が生まれる時、波動が放たれる。
波動の質が変わることは、その心が違うと言う事になる。
そんなことは有り得ない。
「あの時と…同じか…」
後鬼がそれを思い出した。
「だから…真魚殿が気付いたのか…」
前鬼と後鬼も同じように…
その悲しみを、忘れてはいなかった。。
続く…