空の宇珠海の渦 第七話 揺れる心 その十七
「あの鈴の音は何だったのでしょう?」
「直ぐに消えましたが…」
「何か意味があったのでしょうか?」
付き人は、五人のうち四人が女であった。
そのうちの一人が聞いた。
中心の女よりかなり若い。
「いかがなされました?」
真ん中の女の様子がおかしい。
宙を見続けたまま、歩き続けていた。
「先ほどから…胸にお手を…」
もう一人の女が、それに気付いていた。
しっかりと抱きしめたまま離さない。
そのような意思が感じられた。
「文を頂きました…」
女がぽつりと言った。
「文を!?」
「何と、書いてあったのでしょう?」
皆が興味を抱いた。
おとめらが
そでふるやまの みずがきの
ひさしきときゆ
おもいきわれは
女は書かれていたその句を、覚えていた。
「これは…柿本人麻呂様の…」
女達がざわめいた。
「私は…私は…」
女の声が震えていた。
「なんと言うお方に…巡り会えたのでしょう…」
女の心が震えていた。
その運命を確信していた。
「徒歩だ言う事は…それほど遠くないはずじゃ」
後鬼達は、距離を取って後を付けていた。
あらゆる影を利用して姿を隠した。
もしも、撒かれるような事があれば、それほどの相手と言う事になる。
「恐らく…このあたりじゃろう…」
前鬼が後鬼に言った。
「なぜ分かるのじゃ…」
後鬼が怪訝な表情を見せた。
こういうときの前鬼を、信用していない証拠だ。
「あの文を読んだからじゃ…」
前鬼が後鬼に答えた。
「何と書いてあったのじゃ!」
後鬼は知りたくて仕方が無い。
おとめらが
そでふるやまの みずがきの
ひさしきときゆ
おもいきわれは
「じゃったかのう…」
前鬼は自信なさげに答えた。
「袖振る山は布留山のことじゃろう…」
「だったらこの辺りではないのか?」
前鬼の考えを後鬼に伝えた。
それを聞いた後鬼は、立ち止まった。
そして、笑みを浮かべ笑っている。
「はははっ!さすがは真魚殿じゃのう…」
「全て見抜いておったのだな…」
そして、一人で感心していた。
「全て?それが全てなのか?」
知識では誰にも負けぬ前鬼も、こういうことは苦手であった。
知識とは違う才能だ。
「女心が分かっておれば、分かるはずじゃ…」
後鬼は、分かるという言葉を二度続けた。
「想いも切なさも溢れておろうが…」
そして、前鬼に呆れていた。
一行は布留山に沿って北に歩いた。
そして、ある屋敷の前で止まった。
「誰の屋敷じゃ…」
後鬼には見当も付かない。
「あの文を、驚きもせず受け取った女だ…」
「布留の御宮に、関わりがあるかも知れぬ…」
前鬼はそう考えていた。
「ま、一晩あれば十分じゃろう…」
後鬼は、既に何かを見つけていた。
続く…