空の宇珠海の渦 第七話 揺れる心 その十六
「天の智慧が古の都を照らす時、閉ざされた光が、全てを導くであろう…」
「行基様が残された言葉でございます」
慧鎮はその言葉を真魚に告げた。
その瞬間、明慧の顔色が変わった。
だが、口を噤み何も言わなかった。
「なるほど…そういうことか…」
真魚が笑みを浮かべた。
「気を付けろ…この男、何かを企んでおるぞ…」
嵐が起き上がって座っていた。
嵐の眠りを妨げたのは、真魚の波動であった。
太陽が上に移動する頃、前鬼と後鬼の方にも変化があった。
「媼さんあれは…」
前鬼がそれを見つけた。
「あれかも知れぬ…」
後鬼は、右手を天に向かって開いた。
その手の平を中心にして、波動が広がっていく。
水面に落ちた花弁。
それが創り出す波紋のようであった。
「真魚殿の波動とは行かぬが…」
後鬼が笑みを浮かべた。
「だが、気づく筈じゃ…」
「真魚殿に呪をかけ損ねた女じゃ…」
前鬼と後鬼は直ぐに身を隠した。
暫くすると一行が姿を見せた。
女を真ん中にして五人が周りを囲んでいる。
「五芒星か…」
後鬼がそれを見ていった。
「五芒星は魔除けではないのか…」
前鬼がつぶやいた。
「身を守るための仕掛けじゃ…」
「真魚殿にあれを見せるとは、愚かな奴らじゃ…」
後鬼が笑みを浮かべている。
「と言うことは…周りの者は操られているのか…」
前鬼はそう考えた。
女は市女笠をかぶっている。
虫の垂衣で顔はよく見えない。
だが、歩く姿は、庶民では無いことを表していた。
「そうとは言えんぞ…」
「長い間、人を操るのは並の術では無理であろう…」
後鬼がその理由を言った。
「それはそうだが…」
後鬼の考えを前鬼は受け入れた。
ゆっくりと歩いている。
その者達は、別れ道の前で止まった。
別れた先に例の寺がある。
「間違いないようじゃな…」
後鬼がその者達を見ていた。
だが、そこから動こうとはしなかった。
「よほどの事情があるのじゃろうな…」
女はじっと上を見て立っている。
行きたくても行けない…
その感情の波動を、後鬼は感じていた。
「では、爺さんや…準備は良いか…」
後鬼が前鬼に聞いた。
「いつでも…どうぞ…」
前鬼の合図で、後鬼は木の上から跳んだ。
人の目で見えるかどうか…
ちりぃぃぃぃん
鈴の音が鳴った。
その音が動いている。
女達は皆、その音の主を捜した。
その瞬間…
風が、虫の垂衣を揺らした。
女は驚き、周りを見渡していた。
何かが通り過ぎた。
女は、そう感じた様であった。
「ふ~、今の動きはさすがにきつかった…」
後鬼が息を切らしている。
「儂はまだまだ大丈夫だ…」
「どこがじゃ…足が震えておるじゃろ」
前鬼のやせ我慢を、後鬼が見逃す筈が無い。
周りを見渡してた女の動きが止まった。
何かに気がついた。
自らの襟元を見るて、何かを手で掴んだ。
それを見ている。
その波動が前鬼と後鬼に伝わってくる。
喜びと、悲しみが混ざり合っていた。
「悪い女ではなさそうだな…」
後鬼は波動からそれを感じ取った。
女は、見ていたものを懐に入れると、来た道を戻り始めた。
「さて、仕事はここからじゃ…」
後鬼が笑みを浮かべた。
「どこの女か…」
前鬼がそう言うと、二人は姿を消した。
続く…