空の宇珠海の渦 第七話 揺れる心 その十三
朝の空気が心地良かった。
昨日までとは違う自分を、明慧は感じていた。
考え方が変われば、感じるものも違ってくる。
当たり前の事だが、明慧はそれを自らのものとして感じていた。
明慧は桶を持って、水を汲もうとしていた。
寺の中には、谷の水を引き入れた水場がある。
目の不自由な明慧でも、簡単に水が汲めるように工夫がされていた。
「明慧、おはよう」
少女の声がした。
「薺、今日は早いんだね」
明慧は水を汲みながら笑みを浮かべていた。
「なんだか、楽しそうだね」
薺が明慧を見ている。
「昨日とは違う自分なんだよ」
明慧は薺にその理由を言った。
「誰だって毎日が違う自分よ」
「気がつかなかっただけじゃ…ないの?」
薺はそう言って明慧をからかった。
明慧の動きが止まった。
「あ、そうかも知れないね…」
「だけど、それに気づけたんだ、今日の私は…」
明慧は、その事実を噛みしめていた。
「薺は時々、神様みたいなことを言うね」
「うふふっ、単純なのよ…」
「明慧みたいに、あれこれ考え無いのよ」
薺の言葉が不思議に響く事がある。
その理由は分からない。
明慧は何度となく、薺の言葉に救われているような気がした。
「そうだ、佐伯様は朝から出かけたよ」
薺が思い出したように、明慧に言った。
「どこに…?」
「上に行ったよ…」
「山に…捜し物かな」
明慧の心辺りとすればそれしか無い。
「捜し物?それって…」
薺がその言葉に惹かれた。
「玄昉様に関わりがあるようなものだと…」
「なんなの?」
明らかに興味があるようだ。
薺は怪しげな笑みを浮かべていた。
だが、その笑みは明慧には見えていない。
「何かは分からないけど、きっと大切なものだろうと思う…」
「佐伯様が、捜しているものだからね」
明慧ははっきりと薺に言った。
「明慧は佐伯様が好きなのね」
薺は明慧の心を感じ、楽しんでいた。
「さて、いつ現れるであろうな…」
後鬼が木の上から辺りを見ている。
石上から少し南に下った所の森。
その木の上に、場所を取った。
「昨日現れたから、今日は無理かのう…」
その横で前鬼が、同じようにして下界を覗いている。
「真魚殿の言う事が本当なら、今日も来る…」
後鬼はそう考えていた。
「真魚殿との約束のことか…」
前鬼は後鬼に聞いた。
「そうじゃ…」
「ただ、伝えておくと、言っただけではないのか?」
前鬼が事実を問い直す。
「爺さんは、女心がわかっておらぬのう…」
後鬼が前鬼を笑い飛ばした。
「想いが伝わったか…その事が気になるはずじゃ…」
「それを確認する方法は、真魚殿に逢うしか無い…」
後鬼の考えは他にもあった。
「だが、真魚殿がいるということは知らぬはずじゃ…」
後鬼の考えを前鬼は否定した。
「一度、真魚殿の波動を感じ、約束をした…」
「それは、呪をかけたということじゃ…」
後鬼は前鬼に言った。
「その女に、その力があると言うのか…」
後鬼の考えに前鬼が驚いていた。
「姿を見せれば、そう言うことになる…」
「だが、相手が悪かったのう…真魚殿とは…」
「どちらにせよ、何か理由があるはずだ…」
後鬼は下界を見ながらそう言った。
「真魚殿に、呪をかけ損ねた女か…」
「これは、面白い…」
前鬼が笑みを浮かべていた。
続く…