空の宇珠海の渦 第七話 揺れる心 その六
急な上り坂を、明慧はすんなりと登っていく。
所々に置かれている石仏が、それを見守っている。
石仏から放たれている波動。
そこから行基の心が感じられる。
「私は、佐伯様に出会えて、何だかわくわくしています」
「だけど、不思議と理由はないのです」
明慧は歩きながら言った。
真魚はそれを後ろで聞いている。
「それは、お主の意思では無い、魂の意思だ…」
真魚が言った。
「魂の意思…」
明慧は、その言葉の意味を考えた。
「理由も無くそう思うときは、間違っていない…」
「だが、逆の場合もある…」
明慧は真魚の言葉を考えている。
「わくわくしない…時は間違っていると言う事ですか?」
明慧はそう導き出した。
「その可能性が高い…」
「生命は耀くためにある…」
「沈む心は耀きを曇らせる…」
真魚の言葉に、明慧が立ち止まった。
「私は、修行に疑問を抱いておりました…」
「こんな事をして、本当に神に近づけるのかと…」
「お主の足下にも神がいるぞ…」
嵐がそう言って明慧をからかった。
「嵐様は特別でございます…」
「私もこの目でそのお姿を拝見できたら…」
「そう思っております…」
明慧は嵐の姿を見たいと思っていた。
真魚がそれを聞いて笑っている。
「見て感じる事が近道ではある…」
「お主の目は見えぬが、人よりも感度は高い…」
「それが光を見たことに驚きは無い」
「お主に対してだけを見れば間違っていたのかも知れぬな…」
真魚は、明慧の不安にそう答えた。
人それぞれに形がある。
真実を求めることの過程は無限にある。
真魚はそう言っているのだ。
「心を閉ざした者に光は届かぬ…」
「それは自らがそうしてるからだ…」
「お主の感覚と開いた心が、光を見せたのだ…」
真魚は明慧に事実を告げた。
「そういうことでしたか…」
明慧は、全ての出来事を整理していく。
あれほど修行しても手に入れられなかった。
それが、あっさりと…
その事実は明慧にとって驚きであった。
「器に水が溜まるまでは、外からは何も変わらない…」
「そう見えるはずだ…」
「だが、水を注ぎ続ければ、必ず水が溢れる…」
「それは一瞬で起こる…」
「今日がその時であっただけだ…」
真魚が笑みを浮かべていた。
「確かにそのように感じます…」
「今までが無ければ、今もないような…」
明慧はその言葉に、捜していた答えを見つけていた。
しばらく歩くと、森が切れ明るくなった。
「ここでございます」
緑に囲まれた中に、その伽藍があった。
「これを、行基殿が…」
真魚はその配置を見ていた。
山の斜面に描かれた世界。
吉野の金峰山にはない趣があった。
ふと見ると石畳の中央に人が立っていた。
「あれが、慧鎮殿か…」
真魚は目が見えぬ明慧に尋ねた。
「そうでございます」
明慧ははっきりと答えた。
続く…