空の宇珠海の渦 第七話 揺れる心 その五
山の霊気に導かれ、坂道を登る。
「三輪の山に似ておるな…」
嵐がつぶやいた。
「三輪の山は目と鼻の先、それに繋がっている…」
真魚が答えた。
「三笠山、三輪山、大峰山、金剛山、葛城山、そして…生駒山…」
「これだけの霊気に守られた都を、あっさりと捨てるのだ…あの男は…」
「あれを見たと言うだけで…」
「お主は…あの男が相当好かぬようだな…」
嵐が笑っていた。
だが、真魚はただ事実を言ったけだ。
「もしや…それは…帝…」
明慧がそれに気がついた。
「あの男の愚行は、今に始まったわけではない…」
真魚が笑みを浮かべている。
だが、その男の許可無くしては、唐には行けない。
好む好まざるは関係ない。
「蝦夷に畏れ…その戦いで、どれだけの生命が消えたことか…」
「私も噂には聞いております…」
明慧が興味をそそられたようだ。
「どういう内容かは知らぬが、お主が聞いた話は嘘だぞ…」
「嘘、なのですか!」
明慧は驚いた。
今の明慧にとって、真魚の言葉こそが真実である。
その真魚がそう言っているのだ。
「あの戦いは痛み分けだ…」
「倭が勝ったわけではない…」
真魚がその事実を告げた。
「そうだったのですか…」
「佐伯様は…なぜ、そのようなことがおわかりになるのでしょう?」
明慧は、それも真魚の霊力だと捉えていた。
「そこにいたからだ…」
「何ですと…」
真魚の言葉が真実であっても、まるで嘘のように聞こえた。
遠く離れた蝦夷の地で、それを見ていた事実。
信じる者は、まずいないだろう。
「数万の者が抱いた恐怖に、全てが飲み込まれた…」
「なすすべも無く…」
真魚が、その時の状況を説明した。
「私には…何が何だか…」
明慧は混乱していた。
「無理もない…お主は闇を知らぬ…」
嵐が、明慧の混乱を感じ、誘導していく。
「闇…それは一体どういうものなのでしょうか?」
明慧の好奇心が、それを見たがっていた。
「真の恐怖だ…」
「人がそれを…この世界の場に呼び込む…」
「この世界の場…」
明慧は、真魚の言葉の意味を必死に考えていた。
「場とは物事が起きる範囲のことだ…」
「力が及ぶ距離とも言えるが…」
「では、戦の場が闇というものに包まれた、と言う事でしょうか?」
明慧はそう考えたが、理解したわけではなかった。
「そういうことになるな…」
真魚が答えた。
「お主は光を見たであろう…」
「その真逆のもの…と考えると分かりやすいかのう…」
嵐が明慧に手がかりを与えた。
「光と…闇…反対のもの…」
明慧は必死に理解しようとしていた。
「見て感じることは、一番の近道だ…」
「あの男が見れば、腰を抜かすだろうがな…」
「この国から逃げるかも知れぬぞ…」
真魚はそう言って笑みを浮かべた。
「佐伯様…そのような事を…」
明慧が、真魚の言葉に困っていた。
「その方が平和になるだろう…」
真魚は更にそう言った。
「佐伯様…言い過ぎでは…」
明慧は、そこまで言いかけて止めた。
だが…
真魚の言葉は、嘘でも間違いでも無い。
統べる者の考え方で、国の形は変わるのだ。
明慧は真魚の光の中に、真実を感じていた。
続く…