空の宇珠海の渦 第七話 揺れる心 その三
「側にいらしゃる方は…」
明慧が真魚に尋ねた。
「俺の連れで嵐という」
真魚が笑っている。
「神々しい方ですね、佐伯様も耀いていますが…」
明慧は心の目でそう判断した。
「俺を犬だと言わなかったのは、お主が初めてじゃ…」
嵐が明慧にそう言った。
「い!犬なのですか!」
嵐の言葉に明慧が驚いた。
「犬ではない、俺は神だ!」
結局、嵐はそう言う羽目になった。
「か!神なのですか?」
明慧はその事実にまた驚いた。
「そうだ、俺は神だ!」
「いずれ本当の姿を知る事になる…」
嵐は明慧との関わりを、受け入れていた。
「今のお姿は…仮の姿でございますか?」
今の嵐の耀きでさえ仮の姿。
明慧の驚きは尽きることがなかった。
「在るべきものは、仮の姿だと言える…」
真魚がそう言って笑っていた。
見えているものが真実とは限らない。
見えないことが逆に真実を見せる事がある。
「今でもまだ…手が震えています」
明慧はその両手を広げた。
「佐伯様は、どこで修行を積まれたのですか?」
明慧は、真魚を修行僧だと思い込んでいた。
「修行をしたからと言って、あまり変わらぬぞ…」
真魚はそう答えた。
「それは信じられません!」
明慧がその言葉に反発した。
「今まで見た方の中では、佐伯様のような方はおりません」
「私の師ですら霞んでしまいます」
明慧が真魚に顔を向けた。
「お主の師とは誰なのだ…」
「行基殿の弟子の一人か…?」
真魚が話をすり替えた。
「慧鎮様でございます…」
「行基様との関わりは存じません…」
明慧はそう答えた。
「この寺は行基殿が整えた、何の為だ…」
真魚が明慧に妙な問いかけをした。
「何の為…、何か意味があるのでしょうか?」
明慧にはその意味は分からなかった。
「義淵殿の願いかも知れぬぞ…」
「義淵様の…願い…」
十歳程度の明慧に分かるはずも無い。
だが、その願いの意味を必死に考えていた。
「玄昉様も関わりがあるのでしょうか?」
明慧が義淵の弟子の一人、玄昉の存在に気がついた。
義淵が亡くなった時、玄昉は唐に渡っていた。
「玄昉殿が唐から持ち帰った一切経五千巻、それが関係あるのかも知れぬ…」
玄昉が持ち帰った一切経が、今日の仏教の礎になった事は間違いない。
「一度、師に尋ねてみてはいかがですか?」
「佐伯様の捜しているものが、見つかるかも知れません」
明慧がそう言った。
「これはやられたのう、真魚…」
「お主の企み、見抜かれておるぞ…」
嵐が真魚を見て笑っていた。
続く…