空の宇珠 海の渦 外伝 無欲の翼 その三十五
未羽と直人は空の上にいた。
「気持ちいい…」
未羽は直人の前に座っていた。
「一度でいいから、飛んでみたいと思っていたの…」
未羽の感動が伝わってくる。
あっという間に大地が小さくなった。
「空っていいわね…」
未羽は、頬に受ける風をそう言う。
倭の支配の元では、庶民は自由に移動は出来ない。
事実上、村に縛り付けられるのだ。
雲を越えた。
嵐の背中には未羽、直人、真魚の順に乗っている。
直人は口を開け、驚いたまま止まっていた。
大地からどんどん離れていく。
そうすると、星の形が見えてくる。
「あれって海?」
未羽は見たことが無かった。
海に比べたら…近淡湖など、ただの水たまりだ。
「すごい、これってすごいよ!」
未羽の感動が、どんどん広がっていく。
「この辺りでどうだ…」
嵐がそう言って止まった。
ここまで来ると、大地が星としての形を見せる。
「丸いんだ…」
「でも、大きい…」
未羽はその光景に息を呑んだ。
「それに、きれい…」
未羽は心の底からそう感じた。
「未羽、目を瞑ってみろ…」
真魚の言葉に未羽は従った。
自らの意思で手を合わせ、目を瞑った。
「ああ…」
「ああ…」
未羽は二度、声を出した。
未羽の肩が震えている。
「どうした…未羽…」
直人が、未羽を気遣っている。
「直人も、目を瞑ってみて…」
未羽が、直人に言った。
その声は涙で濡れていた。
「あっ…」
直人が声を上げた。
生命の波動が、直人に語りかける。
それは、言葉では無い。
星としての総意。
全ての感情が混ざり合い、一つとして存在している。
だが、そのどれをとっても、一つしか無い。
真魚が印を組んだ。
真魚の身体が耀き始めた。
「心の真ん中に意識を合わせ…」
「真ん中…」
未羽は自らの心の中を進んで行った。
一瞬…
真魚の大きな波動が抜けて行った。
未羽はその波動を追いかけた。
その波を見つめ追いかけた。
光の玉が見えた。
それがどんどん大きくなる。
自らが近づいているのか…
向こうから近づいてくるのか…
光の玉が大きくなっているのか…
未羽は何も考えずに、その中に向かった。
「あっ!」
一瞬、世界が耀いた。
光の門を抜けた。
未羽はそう感じた。
「ああ…」
気がつくと未羽は金色の世界にいた。
「ここは…」
手を広げる感覚はあるが、未羽の身体は無い。
「私、どうしちゃったんだろう…」
だが、未羽に不安は無かった。
それよりも、ときめく心があった。
何も無い所から、光の粒が湧き出してくる。
光が灯り、それが漂っていく。
未羽の身体の周りにそれが集まってくる。
未羽は見えない手を広げ、抱きしめた。
「あああ…」
未羽は泣いていた。
心が信じられないくらい、震えている。
光と一つになろうとしている。
その感動に、心が震えている。
未羽はその光を抱きしめ泣いた。
完全なる慈悲の心。
それに触れ、包まれて未羽は泣いた。
全ての悲しみが無くなるまで、泣いていた。
ふと顔を上げると、大きな光が見えた。
「だれ?真魚?」
未羽はそう感じた。
直人は、光の渦の中で目を細めた。
「俺にも…見えているのか…」
鈍感だと感じていた自分にも、見えるものがある。
それが、信じられなかった。
直人が手を広げようとした。
だが…手が無かった。
「そうか…」
「鈍感なのは…俺の身体か…」
純粋な生命の前には、全ては等しい。
直人はその事に気がついた。
人としての感覚や、知識、固定概念。
それが、全てを遠ざけていた。
見えない手を広げ、直人は全てを感じた。
純粋な心の翼。
直人はその翼を広げた。
直人は今、全てに包まれていた。
そして、その事実に気付き震えた。
無かったのではない。
気付かなかっただけだ。
「俺にも…翼があった…」
直人はその事実に震え、泣いていた。
続く…