空の宇珠 海の渦 外伝 無欲の翼 その三十四
翔は未羽の顔を見ずに、里に下りていった。
「さて、後はあの二人か…」
子犬に戻った嵐が歩き始めた。
未羽の腕に乗った、空が羽を広げた。
その仕草で未羽は気がついた。
「嵐、真魚…」
「佐伯様だぞ…」
未羽の言葉遣いを、直人が窘めた。
「真魚でいいって…」
未羽はそんな事は気にしない。
未羽はそう言いながら、真魚達に近づいて行った。
「呉羽は使えるようになったのか?」
嵐が未羽に聞いた。
「そんなに直ぐには無理よ…」
「でも、呉羽は他の鷹とは違うわ…」
未羽はその事に気付いていた。
「俺の息がかかっておるからのう…」
嵐は思わせぶりな言い方をした。
「嵐、何かしたの?」
「したのではない、そうなるのだ…」
未羽の問いかけに、嵐はそう答えた。
「そうなる?」
未羽は考え込んだ。
「未羽は俺の力を見誤っておる…」
子犬の嵐がそう言っても説得力が無い。
大いなる波動でさえ、封じ込めている。
「確かに…空は畏れていたけど…」
未羽は迷路に迷い込んだ。
「この姿は、仮の姿じゃ…」
嵐が答えに導いていく。
「えっ、空は本当の嵐を見たと言うこと?」
未羽はそう考えた。
「まぁ、そのようなものだ…」
嵐が答えた。
「人と獣では見えている世界が違う…」
「それは虫も同じだ…」
真魚が未羽に説明する。
「そういえば、虫は火の中に飛び込んでくるな…」
「死ぬと分かっているのに…」
直人がつぶやいた。
「そうか!」
未羽が何かを思いついた。
「虫は死ぬと分かっていないから、火に飛び込むんだ…」
未羽は別の見方をしていた。
「そもそも…虫に死の概念はないだろう…」
「虫は火を光として捕らえている…」
「木や花も人が見ている形では無い…」
「見えている物が違うと言うことは、生きている世界が違うと言うことだ…」
真魚がその答えを言った。
「それは…人だって同じ…」
未羽はその事に気付いた。
考え方が違う者同士は、同じ世界にいても永遠に交わることが無い。
貴族と庶民がそうであるように…
生きている世界が違うのだ。
愛し合う恋人達でさえ、その未来は分からない。
惹かれ合い、一つになったものは、今度は離れようとする。
結びつける為の力を持たなければ、いずれ離れていく事になる。
それはこの世の理である。
「そうか…清野様も…」
直人は清野の変化を不思議に思っていた。
「何かの、見え方が変わったのか…」
その答えが分かったような気がした。
「二人に、見せたいものがある」
真魚が二人に向かって言った。
「見せたいもの?何!」
未羽は真魚の表情から何かを期待していた。
「だが、問題がある…」
真魚はそう言って指を指した。
「空、と呉羽のこと?」
未羽がきょとんとして真魚を見た。
「一刻なら、誰でも見ていられるのか?」
真魚の質問の意味が分からなかった。
「結んでおけばしばらくは、大丈夫だと思う…」
未羽には自信はなかったが、そう答えた。
「俺が、言い聞かせてやる…」
嵐が空と呉羽に向かって、何かを言ったように見えた。
「何か言ったの?」
人には聞こえない音。
未羽はその存在を感じた。
「これで大丈夫であろう…」
嵐が怪しげに笑っている。
「前鬼、後鬼!」
真魚がその名を呼んだ。
うひゃひゃひゃひゃ~
辺りに不気味な笑い声が聞こえた。
「な、なんなの、この声…」
未羽が肩をすくめている。
すると…
「うわぁぁ!」
未羽の目の前に、突然人が降ってきた。
「さてと、爺さんの仕事も済んだようだし、今度はなんですかな?真魚殿…」
後鬼が現れた。
とん!
「今回はなかなか難儀でしたぞ、真魚殿…」
続いて、前鬼が降ってきた。
「お、お、鬼!なの?」
未羽が額の角を見て尋ねた。
「うちらは吉野の鬼で、うちが後鬼であっちが前鬼じゃ…」
後鬼がその出自を説明する。
「真魚は、鬼とも知り合いなんだ…」
未羽は驚きを隠せない。
鬼を見るのも初めてだ。
「そんなに驚くでない、鬼にも良い鬼と悪い鬼がおるのじゃ…」
「勿論うちらは良い方じゃ…」
後鬼は未羽の心を感じていた。
「お主らに、こいつらを見ていてもらいたい…」
真魚は空と呉羽の方を見て言った。
「なんと、子守ではなく、鷹と梟の守ですかな…」
今度は後鬼が驚いていた。
「そういうことだ…」
嵐がそう言って霊力を解放した。
大気がその勢いで押され突風が起こる。
「う、うそ…」
未羽は嵐のその姿に驚いていた。
「俺は、神だと言ったであろうが…」
美しい金と銀の光、神々しい波動。
それが、未羽の心に伝わって来る。
「すごい…」
初めて見る嵐の姿。
未羽はその美しさに見とれていた。
続く…