空の宇珠 海の渦 外伝 無欲の翼 その三十
「どうかしたの?何かあったの?」
未羽が直人の様子に気がついた。
「来る途中…清野様にあったのだが…」
そこまで言いかけて、直人の口が止まった。
まだ、直人の中で整理が出来ていないようだ。
「様子がおかしかった…」
未羽は直人の話の続きを言った。
「どうして…わかる…」
「あなたの顔を見ればわかる…」
直人の驚いた顔。
未羽はその顔が好きだった。
疑わない真っ直ぐな心。
直人のいる貴族の世界。
そこでは、生きにくいだろうと思っていた。
だが、今はそれが、直人の鷹匠としての力を伸ばしていた。
「昨日の事と…関係があるかも知れない…」
命あるものが静まった、あの時だ。
「岩戸の封印が破られたようだ…」
直人がその事実を未羽に伝えた。
「封印…?」
未羽には何か分からなかった。
「そこから何かが出て来て…」
「周りの木がみんな枯れていた…」
「本当!?木が枯れて…」
その出来事の意味を、未羽は考えていた。
未羽の記憶の中には、そんな出来事は無い。
「木の生命が奪われた…」
「それで…危険を感じ…他の生命が怯えた…」
生命が張り巡らした網。
それに恐ろしいものが触れた。
未羽が自ら感じたもの。
その感覚がそう伝えていた。
「それで、佐伯様が封をしたようだ…」
直人は、美紗から聞いた事実を未羽に告げた。
「佐伯様が…」
未羽は驚きはしなかった。
しかし、神の犬を連れているとは言え、
事実は未羽の想像を超えていた。
「木を枯らしたものを、見たのかも…」
未羽の心象が、そう言っている。
「そうよ!それを見たのよ…清野様は…」
生命の全てが畏れるもの。
それを、見て、感じる事は、全て自らに刻まれる事実だ。
どんなに不可解な出来事でも、それは変わらない。
「それでか…」
直人に何かが見えた。
「とげとげしたものが、無くなったんだ…」
清野の変化を、直人はそう受け取った。
「なるほどな…そうか…」
直人は一人で納得していた。
「何が?どうなの?」
未羽が、直人の出した答えを知りたがった。
「清野様が、恐ろしい目に遭ったのかも知れぬと…」
「良く、死に目に会うと、人が変わると言う…」
直人の答えは強ち間違えてはいない。
だが、事実は少し違う。
清野は死に目には会っていない。
それを見ただけだ。
「呉羽でさえ、あれだけ怯えたのよ…」
「近くで見れば、相当恐ろしいものよ…」
生物界の頂点に立つ鷹は、上を見ることは無い。
自らの上には、強いものがいないからだ。
上から襲われることが無いものは、上を見ない。
貴族は、鷹に憧れていたに違いない。
鷹になろうとして、成れなかったのが貴族だ。
だが、未羽はその先を見ていた。
「それを、佐伯様が退治したのよ…」
「私達は出会うべくして、出会ったのかもしれない…」
未羽は直人を見ていた。
「俺と…未羽か…」
直人が真っ直ぐな目で未羽を見た。
「違うわよ…」
未羽が笑った。
「佐伯様よ…」
未羽が直人を見た。
「なんだ…」
直人は恥ずかしそうにうつむいていた。
自らの心の内を、それとなく言ってしまったからだ。
だが、未羽はうれしかった。
直人の真っ直ぐな心。
それが、未来へ繋ぐ鍵だと信じて疑わなかった。
そして、未羽はその心に救われていた。
続く…