空の宇珠 海の渦 外伝 無欲の翼 その二十八
清野が岩戸に向かっていた。
付き人は清野の機嫌を損ねまいと、少し距離を取っていた。
清野は、何かに取り憑かれた様に歩いている。
「おい!」
清野が岩戸の近くまで来たとき、付き人を呼んだ。
「あれは…なんだ…」
木が枯れて、灰のようになっている。
「木が…枯れているのかと…」
付き人も初めて見る出来事だ。
そう答えるしかなかった。
「あの黒い霧のせいか…」
清野は、直ぐにそれらを結びつけた。
「そうなると…余計に気になるな…」
清野は、全ての事実を確かめたくなってきた。
今、一体何が起きているのか…
それらは、清野の想像を超えていた。
枯れた木を目の前にしても…
何をどうすれば、こうなるのか…
その理由さえわからなかった。
「清野様ではござりませぬか?」
後ろから声がした。
清野がその声に振り向くと、そこに直人が立っていた。
左腕に呉羽を乗せている。
「直人か!」
清野が思わず声を出した。
直人の変化を、清野は感じ取った。
それは畏れでもあった。
直人が放つ波動。
それを、清野は感じ、畏れたのだ。
『何故だ…』
清野は葛藤した。
認めるか…認めないか…
受け入れるか…受け入れないか…
その事実に、清野の心が戸惑っている。
直人の変化を受け入れる。
それは、近い未来…
自ら立てた策が失敗すると言う事だ。
だが、それは既に起き、始まっている。
問題は、自らが受け入れるか、拒否するかだけであった。
『だが、なぜわかったのだ…』
清野の中にもう一つの疑問があった。
理由はわからない。
だが、直人の変化を感じたのだ。
得体の知れぬものとして…
そして、それは結果的に間違ってはいなかった。
「いかがなされました?」
直人が立ち止まったままの清野に声をかけた。
「いや、岩戸の木が…変だ…」
清野は話を誤魔化した。
「昨日、封印が破れたようです…」
直人はそれを確認していた。
「封印?何だそれは…」
「詳しくは分かりませぬが…」
「岩戸は、古よりそう言う所であったようです…」
直人は、清野の問いにそう答えた。
破れた封印、黒い霧。
清野の中で、それらが繋がっていく。
「それで、封印はどうなったのだ…」
清野の頭の中では、事実が朧気に見えて来た。
「佐伯様が…また封じたとか…」
「佐伯様…あの男か…」
清野の中で、組み上がる事実があった。
「嘘では…なかったのか…」
清野はほくそ笑んだ。
「何か?佐伯様に…」
直人は、その笑みを怪しんだ。
「いや…」
清野が誤魔化した。
今考えた事が事実だとしたら、朝廷の一大事となる。
だが、それはあの男が一度口にしている。
「田村麻呂の手柄ではなかった…」
清野は、田村麻呂の弱みを握ったような気がした。
「私は、呉羽の訓練に向かいます…」
直人はそう言って、山の方に歩いて行った。
「あれを見たからか…」
黒い霧を見て、感じてから、何かがおかしい。
清野は、自らの変化に戸惑っていた。
「清野様…あの男です…」
付き人が言った。
岩戸の崖の側、高台に人影が見える。
「来ることを、知っていたのか…」
「どこまでも、酔狂な奴だ…」
清野は、真魚の姿を見て笑っていた。
続く…