空の宇珠 海の渦 外伝 無欲の翼 その二十六
「あの小僧はいいのか…」
「綾太はあれでいいだろう…」
嵐と真魚は考えを合わせた。
「では、行くか!」
嵐がそう言って霊力を解放した。
その霊気が大気を押し、突風が巻き起こる。
灰になった木々が、その波動で塵になっていく。
朝日を浴びて、きらきらと光る風に変わる。
「きれい…」
美紗が思わず声を上げた。
「乗れ!」
金と銀に輝く美しい獣がそこにいた。
戸惑っている美紗に、先に乗った真魚が手を差し伸べた。
美紗は真魚の手を握った。
何かが変わって行く…
美紗の中で朧気に見えていたもの…
それが、はっきりと見えた。
「さぁ!」
真魚は、美紗の身体を引き上げた。
美紗は、自らの力で思いっきり飛んだ。
身体が浮いた。
同時に、気持ちが軽くなった気がした。
「どうだ、神の背中に乗った気分は…」
嵐の背中は温かかった。
「悪い気はしないわよ!」
美紗は、態と悪ぶってみせた。
「いくぞ!」
嵐が飛んだ。
その反動で美紗の身体が揺れた。
真魚が、その身体を後ろから支える。
「すごい…」
あっという間に地面が離れていく。
「生きていれば…」
美紗はその先は言わなかった。
自分の家はもう見えない。
気がつくと雲が側にあった。
「雲って煙みたい…」
美紗がそれを体験した。
「怖くないのか…」
真魚が美紗を気遣う。
「怖いなんか言ってられない…」
美紗の心が震えている。
感動が押し寄せてくる。
この瞬間は、二度と来ない。
美紗はこの時、そう感じていた。
そして、全てを自らに刻み込む。
美紗はそう決心していた。
「いい心構えだ…」
真魚はそれを感じて、笑っていた。
大地が小さくなり、その形が見えてくる。
「丸?、丸いの?」
美紗が驚いていた。
真っ黒の闇に浮かぶ、美しい船。
その姿が、美紗の目に映っていた。
「この辺りでどうだ…」
嵐が止まった。
宇宙との境目。
嵐の霊力で守られていなければ、命はない。
だが、美紗はその事を知らない。
生かされている事に気付いていない。
それは、地球という船の上にいる、人と同じだ。
「光と…闇…」
美紗はそう感じた。
溢れる生命の耀きと、究極の闇。
あるものと…ないもの…
そこには二極が存在していた。
美紗の目に自然と涙が溢れていた。
美紗はその事に気付いていない。
「ああ…」
美紗の中に、流れ込んで来るものがある。
人の意思と感情。
大地の生命波動が押し寄せる。
希望…
絶望…
怒り…
喜び…
悲しみ…
「なんて…」
その儚さに美紗は泣いていた。
「なんて…」
そして…
儚さの中に全てが存在した。
その渦の中で、人は懸命に生きていた。
美紗は、顔を手で覆って泣いた。
震える心が感情を生む。
感情が涙の堰を切る。
どんなに泣き叫んでも、叫びたりなかった。
真魚が美紗の肩に手を置いた。
真魚の波動が伝わって来る。
すると…
美紗の心の中の一点が輝いた。
「これは…」
真魚が繋いだ回路。
美紗がそれを感じ取った。
「あっ…」
その光がどんどん大きくなってくる。
光が大きくなっているのか…
自分が近づいているのか…
それはどちらでも良かった。
ただ、それに近づきたい。
それだけを願った。
美紗の感情と願いが、光を誘う。
気がつくと…
美紗は金色の光に包まれていた。
金色の光の粒が舞い降りている。
美紗がそれを手の平で受け止めた。
「!」
その瞬間…
美紗の瞳から一粒の涙がこぼれた。
「なんて…」
美紗は思わずそれを抱きしめた。
まだ見ぬ我が子を抱きしめる様に…
愛おしげにそれを抱きしめた。
そして、その光の中に、全ての答えがあった。
「ありがとう…」
美紗は、光に感謝していた。
溢れる涙は止まらなかった。
だが、心は充実していた。
大いなる慈悲の眼差し…
光の向こうにその存在を感じた。
見えてはいない…
だが、確かにそれは存在していた。
美紗の心の震えは、止まらなかった。
続く…