空の宇珠 海の渦 外伝 無欲の翼 その二十五
真魚は、一晩目を覚まさなかった。
美紗が朝方目を覚ますと、真魚の姿が消えていた。
美紗が気になって家の外に出た。
朝焼けの中で真魚の姿を見つけた。
棒を肩に担ぎ、岩戸の前に立っていた。
「その棒、誰も持ち上げられなかったのよ…」
美紗が後ろから、真魚に声をかけた。
「こつがある…」
「それさえ分かれば、美紗でも持てるかもしれぬぞ…」
真魚が笑って振り向いた。
「気になって来てみたが、封はされてあるな…」
「昨日、母と後鬼さんで、注連縄を新しくしていました…」
真魚が眠っている間の事を、美紗が説明した。
真魚は左手を広げ、その気配を伺っている。
「しばらくは大丈夫であろう…」
岩戸の様子を確認したようだ。
「しばらく…?」
美紗はその言葉に引っ掛かった。
「奴らはどこからでも現れる…」
「きっかけさえあればな…」
「きっかけ…?」
その言葉に、美紗は思い当たる事があった。
「低き力は、低きに溜まる…」
「その力が大きくなれば、器から溢れる…」
「最後の一滴というのがあるだろう…」
真魚は美紗に問いかけた。
「最後の…一滴…?」
美紗には何の事かは、分からなかった。
「器に少しずつ水を注ぐと、一杯になってもなかなか溢れない…」
「だが、最後の一滴で、勢いよく溢れ出す…」
「私が抱いた憎しみが…それだった…」
美紗は思い出した。
「お主達には、受け継がれた力が眠っている…」
「達…って、私と綾太に…」
その言葉で…
美紗の中に、動き始めるものがあった。
「綾太は、その力で遊んでいるだろう…」
真魚の前に落ちた山鳩。
都合よく落ちることなど、自然界では有り得ない。
美紗は、真魚の指摘を否定できなかった。
「綾太は空間を曲げている…」
「美紗には闇を呼び込む程の霊力がある…」
真魚はその事実を美紗に告げた。
「私と…綾太…」
美紗がここにいる理由。
それは明確であった。
「岩戸は低き生命の出口だ…」
「開けたままにはしておけぬ…」
真魚が美紗を見て言った。
「出来るの?私達に…」
美紗には自信が無かった。
「方法は俺が考える…」
「出来るか、出来ないかは、やってみなければ分からぬぞ…」
真魚は、美紗の心を導いていく。
「その前に諦めるのか…?」
真魚が美紗に投げかけた言葉。
母を気遣う美紗の心を、真魚は言っているのだ。
しばらく美紗は考え込んだ。
「教えて…私…やってみる…」
美紗が真魚に言った。
真魚はその決意を受け取った。
「俺の出番か…」
足下で声がした。
「嵐…」
子犬の姿をした神が、そこにいた。
続く…